「……うそ、でしょ」
薄暗い異界の空気が、じっとりと肌にまとわりつく。喉の奥に張り付くのは、鉄臭い血の混じった砂埃と、魔界特有の焦げたような異臭だ。さっきまで鳴り響いていた召喚の雷鳴も、今は耳の奥でキーンと不快な音を立てるばかり。ウェンディのみるくは、杖を握りしめたまま膝をついた。
昨日はあんなに軽快だった。バトマスとして剣を振るい、敵の懐へ飛び込んで、熱い汗を流しながら勝利を掴み取った。あの時の高揚感、剣先から伝わる確かな手応えは、まだ右手に残っている。それなのに、今日の景色はどうだ。
天地雷鳴士として、仲間を、そして召喚したカカロンを信じて後方に立ったはずだった。けれど、目の前に広がるのは、冷たい地面に横たわる仲間の姿だ。
「おい、しっかりしろ……!」
いつもは不敵な笑みを浮かべるヒューザの、あの鋭い剣筋が止まっている。彼の青い肌は土に汚れ、誇り高き大剣が虚しく転がっている。エステラの清らかな法衣は引き裂かれ、周囲には彼女が放とうとした光の残滓が、パチパチと悲しく弾けて消えていく。そしてイルーシャ。いつも穏やかな微笑みで皆を癒やしてくれた彼女までもが、沈黙の中に沈んでいた。
「なんで……昨日はあんなに、簡単だったのに」
唇を噛み締めると、苦い後悔の味がした。天地雷鳴士の複雑な印を結ぶ指先が、恐怖でわずかに震える。自分が召喚を維持できなかったせいか。それとも、幻魔に頼りすぎて、仲間の命の鼓動を感じ取ることを忘れてしまったのか。視界が、悔しさと情けない涙でじわじわと歪んでいく。
冷たい風が基地を吹き抜け、首筋に鳥肌が立つ。静寂が痛い。バトマスの時の「自分が斬る」という単純で力強い確信が、今の天地雷鳴士の自分には欠けていた。守るべき背中がこれほどまでに重く、崩れ去る時がこれほどまでに虚しいなんて。
異界の闇はどこまでも深く、倒れた仲間たちの体温を奪っていく。ウェンディのみるくは、泥にまみれた拳を地面に叩きつけた。痛みが走るが、心のしびれるような悔しさには到底及ばない。
「……ごめん。次は、次は絶対……」
震える声で呟いた言葉は、誰に届くこともなく霧の中に消えていった。暗い基地の片隅で、敗北の冷たさだけが、いつまでも彼女の体温を奪い続けていた。