薄暗いゲルヘナ原野の大審問のほとり、あるいは真のリャナ荒涼地帯だろうか。湿った土の匂いと、どこか不気味な魔力の残滓が漂う戦場で、ウェンディのみるくは軽やかに扇を翻していた。
「さあ、いくよ……!」
目の前には、不気味な赤紫の鎧を鳴らし、巨大な斧を振りかざす「しにがみのきし」の群れ。普通なら逃げ出したくなるような威圧感だが、今の彼女にとっては、キラキラと輝く宝箱を抱えた「お得意様」にしか見えない。
昨日の「全滅」の苦さは、もうどこにもない。今はただ、ソロでまったりと、自分のペースで時間を支配している。誰に気を遣うこともない、この自由な空気。肺の奥まで吸い込めば、少し冷たい夜気が心地よく胸を膨らませた。
カシャーン、カシャーン。
金属がぶつかり合う音の中に、確かな手応えが混じる。盗賊としての指先が、獲物の懐から目当ての品を鮮やかに引き抜く感触。それは、まるで熟練の職人が薄い布を撫でるような、繊細で確かな手応えだ。
「レアドロもいいけど、やっぱりこっちだよね」
あえて高望みせず、通常ドロップを確実に積み上げていく。
『こんなのごみだ』なんて、もう心の中の声(インナーワード)は囁かない。
一つ、また一つと手に入る「素材」が、カバンの中で心地よい重みに変わっていく。その重みはそのまま、明日の自分を支えるゴールドという安心感に直結している。
「あはは、また出た! めっちゃ調子いい!」
画面の中で踊るように立ち回る自分。エステラやヒューザといった仲間の背中を見守りながら、今は彼らの静かな共闘を「間」として楽しんでいる。言葉はなくても、共にある感覚。以前は自分語りで埋め尽くそうとしていたこの空間に、今は穏やかな信頼の余白がある。
「正しさより、余白、か……」
動画の言葉を思い出し、ふっと口角が上がる。
しにがみのきしが倒れるたび、宝箱がドロップする。その木箱の蓋が開く瞬間の「パカッ」という乾いた音は、今の彼女にとってどんな音楽よりも甘美な報酬だ。
一日の終わりに、一人でこうして「自分だけの収穫」を数える時間。
誰かに誘われなくても、自分自身が一番の良き理解者であり、最高の相棒だ。
手元のコントローラーの振動が、勝利の余韻を伝えてくる。
拾い集めた素材は、決してただのデータではない。それは、今日一日を懸命に、そして少しだけポジティブに生き抜いたウェンディのみるくへの、アストルティアからの贈り物。
「……よし、今日はこれくらいにして、郵便局に寄って帰ろうかな」
溢れんばかりの素材を抱え、彼女は満足げに戦場を後にした。
インナーワードは今、温かいスープのように優しく、彼女の心を包み込んでいる。