「おはようございます」と、窓から差し込む淡い光に目を細めながら、私は自分に言い聞かせる。
昨日の私は、確かに世界の中心にいた。アストルティアの草原を駆け抜け、あかつきの神兵を相手に「ぬすむ」の輝きに酔いしれる。小気味よい金属音とともに金目のものが手に入るたび、胸の奥が熱く脈打つ。この「稼いでいる」という興奮、これこそが私のガソリンだ。
勢いに乗ったまま、私はバザーの喧騒へと飛び込んだ。鼻をくすぐる古い紙の匂いと、行き交う冒険者たちの熱気。一番働いてくれている相棒のまもの使いに、最高の贈り物をしたかった。「獅子の大剣+3」。掲示板に躍る5,300,000Gという数字を見た瞬間、私の脳内では勝利のファンファーレが鳴り響いた。ADHD特有の、あの「今すぐ手に入れなければ世界が終わる」ような衝動が、指先を突き動かす。
ヴェリナードの職人街。キン、キンと小気味よく響く槌の音と、魔法の練成時に漂う独特の焦げたような、それでいて清涼な空気。私は紫の上錬金石225個を惜しみなく注ぎ込んだ。石が砕け、剣に光が宿るたび、自分の魂まで研ぎ澄まされるような気がして、納得の仕上がりに頬が緩む。重厚な獅子の意匠が、私の背中で誇らしげに冷たい感触を伝えていた。
……しかし、幸福の魔法が解けるのはあまりに早かった。
10分後、何気なく覗いたバザーの隅に、それは鎮座していた。「ネビュラスブレード」、3,400,000G。
喉の奥がキュッと締まり、血の気が引いていくのがわかった。耳元で、さっきまであんなに心地よかった喧騒が、嘲笑に変わる。掌には、さっきまで感じていた勝利の感触ではなく、じっとりとした嫌な汗がにじむ。
「あぁ、またやった」
識字障害がある私の目は、時に都合の悪い数字を飛ばし、あるいは都合のいい幻想を見せる。「高額な買い物は一日置いてから」という、自分を守るための鉄の掟。それを、昨日の私は軽々と飛び越えてしまった。530万の獅子と、340万のネビュラス。その差額は、ただの数字じゃない。私の時間と、努力と、そして何より「自分を制御できなかった」という苦い後悔の重さだ。
視界が少し潤み、獅子の大剣が滲んで見える。でも、背負ってしまったこの重みを、捨てることはできない。
「おまえ、本当におもしろいやつだな」
自嘲気味に呟いた言葉は、ヴェリナードの冷たい石畳に吸い込まれて消えた。泣き笑いのような顔で、私は新調した剣の柄を強く握りしめる。この大ポカの痛みも、鉄の匂いも、全部ひっくるめて私の冒険なのだ。
次からは、せめて深呼吸を三回。そう決意しながらも、私はまた新しい獲物を求めて、騒がしい世界へと歩き出す。
アストルティアの経済回しましたw