潮騒の音が、耳の奥で優しく揺れている。
2014年3月7日。青い肌に潮風を感じながら、私はレーンの村で祈りを捧げ、初めて「僧侶」としての第一歩を踏み出した。
「ああ、この海の匂い……。ここが、私の始まりの場所」
指先で触れる波紋はひんやりと冷たく、けれど心には、誰かを救いたいという熱い火が灯っていた。
けれど、現実は甘くなかった。注意欠陥多動性障害という嵐が、いつも私の頭の中で渦を巻く。じっとしていられない。一つの作業を続けることが、まるで行き止まりのない海を泳ぎ続けるように苦しかった。
「お金がない……。今日も、これを作るしかないんだね」
工房の熱気に包まれながら、私は安価な「シルバートレイ」を叩き続けた。
銀色の円盤に映るのは、焦燥に駆られた自分の顔。スマホもなく、外の世界との繋がりも限られたなかで、私はただひたすらに槌を振り下ろす。コン、コンという単調な音が、時折、耐えがたいほど退屈に感じて、投げ出したくなる夜もあった。
「……見てて。ゆっくりでいいから。君のペースで叩けばいいんだ」
隣で支えてくれたフレさんの声。その言葉は、荒れた海を鎮める凪のように私の心に届いた。
待てない私が、十二年も待てた。
続けることができなかった私が、十二年も歩み続けられた。
2026年2月3日、節分の夜。
今、私の手にあるのは、かつてのシルバートレイとは比べものにならないほど重厚で、洗練された防具だ。
「防具鍛冶レベル80」
呟いた言葉が、波の音に混じって消えていく。
それは、あの日レーンの砂浜で立ち尽くしていた私への、最高のご褒美だった。
つきっきりで教えてくれたフレさん。私の不器用な作品を買って、背中を押してくれたお客様。
「みんながいたから、私は『魚』として、この広い海をここまで泳いでこれた」
胸の奥が、温かな潮満ちる感覚で満たされていく。
感謝の雫が、頬を伝って蒼い肌を濡らす。それは、十二年という歳月をかけて磨き上げた、私だけの「真珠」のような想い。
「ありがとう……。この海で、私を見つけてくれて。信じてくれて」
レーンの村の寄せては返す波のように、感謝の気持ちが何度も、何度も溢れ出してくる。
私はもう、迷わない。この尾ひれで、この意志で、これからもアストルティアの海をどこまでも自由に行こう。

おつかれさまでした
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