レーンの村の喧騒を遠くに聞きながら、私は導かれるように「みるくのマイタウン」へと足を踏み入れた。一歩、境界を越えた瞬間に、空気の密度が変わったのがわかる。そこには、騒がしい世界を忘れさせるような、静謐で優しい時が流れていた。
「……ああ、心地いい」
思わず独り言が漏れる。耳をくすぐるのは、どこか懐かしい「ことこと、こっとん」という音。見上げれば、大きな水車が清らかな水を抱きかかえるようにして、ゆっくりと回っている。その一定のリズムは、まるでお母さんの鼓動を聴いているようで、私のせっかちな心をゆっくりと解きほぐしていく。
「今日は、ここで自分を甘やかしてもいいかな」
私は、ゆらぐ木漏れ日が柔らかく降り注ぐ森のベンチを見つけ、吸い寄せられるように腰を下ろした。座面の木肌は、太陽の熱をほんのりと蓄えていて、背中からじんわりと温もりが広がっていく。
十二年。僧侶になり、シルバートレイを叩き続け、ADHDという嵐のなかで必死に泳いできた。そんな私の疲れを知ってか、森の木々は「おやすみ」と言うように静かに枝を揺らしている。
「ふふ、誰も見ていないよね……」
私は靴を脱ぎ捨て、ベンチに横たわった。
視界に飛び込んでくるのは、揺れる葉の隙間から覗く、透き通った空の断片。風が吹くたび、森の深い緑の香りと、近くを流れる水の瑞々しい匂いが鼻先をかすめる。
「……しあわせだなぁ」
五感のすべてが「今」という瞬間に溶けていく。頭の中を占拠していた「あれをやらなきゃ」「次はこれだ」という焦燥の矢が、一本、また一本と、柔らかな苔の上に落ちて消えていく。自分じゃコントロールできなかったはずの心の波が、このベンチの上では不思議なほど穏やかだった。
「みるく、素敵な場所をありがとう。水車さん、今日も回ってくれてありがとう」
まどろみの中で、心の中で感謝を呟く。誰かにとってはただの景色でも、私にとっては、命の火を絶やさないための大切な聖域。
目を閉じると、瞼の裏で蒼い光が優しく瞬いた。
「また明日から、頑張れそうだよ」
森林浴の清らかな気が、肺の奥まで満たしていく。心臓が、水車のリズムに合わせて穏やかに、けれど確かに未来を刻んでいる。
私は深い眠りの淵へと沈みながら、この最高の癒やしを、ただただ心ゆくまで味わい続けた。