夕闇が溶け始めたマイタウンの空気は、少しだけひんやりとして、甘い土と夜の草花の匂いが混じり合っていた。
「……ふぅ。やってらんないわよね、本当に」
私は、水辺にぽつんと置かれた青い蝶のベンチに腰を下ろそうとして、思い直して立ち尽くした。指先が、まだ少しだけ震えている。鍛冶ハンマーを握りしめていたあの熱い感覚が、皮肉にも失敗の象徴として肌にこびりついて離れない。
防具鍛冶職人、レベルカンスト。
その肩書きが、今は重たい呪いのように感じられた。頭の中では完璧な手順が回っていたはずなのに。
それなのに、どうして。
「なんで『冷やしこみ』を2回も入れちゃうかなぁ、私」
口に出すと、情けなさが喉の奥で苦く弾けた。
初手で冷やすなんて、火力を上げるべき場面で氷水をぶっかけるようなもの。かつてないほどの大ポカ。結果は火を見るより明らかで、目の前には、輝きを失った★1の防具が3つ。まるで見捨てられたガラクタみたいに転がっていた。
「しっかり寝たはずなのにな……。あぁ、嘘。嘘ついた」
自嘲気味に笑うと、冷たい夜風が頬をなでた。
子供の頃から付き合っている、出来の悪い恋人のような睡眠障害。2時間も眠れれば上等、そんな夜を繰り返して、脳みそのどこかがいつも薄い霧に包まれているみたいだ。注意が指先から滑り落ちて、ADHDという不器用な性質と折り合いがつかなくて、自分に裏切られる感覚。
「あーあ。なんで普通にできないんだろ。なんで、普通に……」
視界が少しだけ滲む。でも、足元に目をやれば、のんきな顔をして転がっているカブの置物が目に入った。そのまるっこいフォルムを見ていたら、鼻の奥がツンとした。
「……まぁ、いいか。生きてるし」
そう。あんな大ポカをして、指先が震えるほど落ち込んでも、私は今、ここで夜の風を吸い込んでいる。心臓はちゃんと動いて、悔しさという感情を私に伝えてきている。
「まぁ、こんな日もあるさ。……ねぇ、そうでしょ?」
私は大きく伸びをした。関節が小さく鳴って、固まっていた体が少しだけ解(ほぐ)れる。
失敗した防具は素材に戻せないけれど、私の明日はまだ誰にも触れられていない。
「け・せら・せら。なるようになる。ならなきゃ、力ずくでしてやるわよ」
ドレスアップした蝶の羽を、ふわりと揺らす。
このマイタウンは、私が一番私でいられる場所。鍛冶場の熱風も、冷やしすぎた後悔も、ここには届かない。
「さぁて。今夜は職人の私じゃなくて、ただの妖精さん。……にな~れ♡」
くるりと一回転。
夜の帳(とばり)の中で、羽が燐光を放つ。
水車が回るコトコトという心地よいリズムと、遠くで鳴く虫の声。
湿った草の匂いをお腹いっぱい吸い込んで、私はまた、明日を笑う準備を始める。
「次は、最高に熱い温度で叩いてやるんだから」