藍色の静寂と、黄金の「ありがとう」
インナーワードの訓練場。そこは、湿り気を帯びた草の匂いと、微かに焦げた魔力の残滓が漂う、みるくにとっての孤独な修練の場だ。
「……はあ。またゴミ。なんでここ、こんなにドロップ率悪いの? ぼったくりでしょ」
みるくは、汗と涙の結晶を注ぎ込んで手に入れた「天馬の大剣」を地面に突き立て、荒い息を吐いた。肩を上下させるたびに、真新しい革の匂いが鼻をくすぐる。本来なら、★3の最高品質をわずか96,000ゴールドで落札できた喜びで胸がいっぱいのはずだった。
だが、現実は残酷だ。計算では、この大剣1本から36個の結晶が手に入り、30分もあれば4本は結晶化できるはず。なのに、みるくの心は「不満」という名の毒で満たされていた。
「逃げるなよ、こら。拾えないじゃん、アイテムいっぱいで。……システムが不親切なんだよ、どんだけー!」
みるくのインナーワード(内なる言葉)は、いまや泥のように濁っている。地面で虚しく光る素材を見つめ、唇を噛む。その時、背後からスッと涼やかな風が吹いた。
「みるく、また『心のトゲ』が刺さってるよ」
真由だ。彼女からは、いつも通り清涼感のあるハーブの香りが漂う。
「真由……。ワカッテイルノニ、次から次へとマイナーな言葉のオンパレード。自分が嫌になっちゃう」
みるくは天馬の大剣を背負い直し、力なく笑った。
身体は食べ物で作られる。
心は、聞いた言葉や読んだ言葉で作られる。
未来は、自分が話した言葉で作られる。
「ねえ、みるく。その剣、本当はどう思ってる?」
真由が、みるくの掌をそっと包んだ。柄の、少しザラついた冷たい金属の感触が伝わってくる。
「……本当は、すごく、ありがたかった。96,000ゴールドなんて、職人さんの努力を考えたら奇跡だもん。感謝しなきゃって、本当は……」
「『しなきゃ』じゃなくて、『ありがとう』を自分に食べさせてあげて」
真由の声は、冷たい空気を優しく溶かしていく。
「言葉を『ありがとうございます』に変えるだけで、人生の解像度は変わる。脳は主語を理解できないから、文句を吐けば、それは全部自分を傷つける呪文になっちゃうんだよ」
みるくは、深く息を吸い込んだ。肺の奥まで冷たい空気を入れ、それを「感謝」の熱で温めてから吐き出す。
「……ありがとう。安く売ってくれた職人さん。この剣が、私を守ってくれてる」
意識的に言葉を置き換えた瞬間、不思議なことが起こった。
ポーチがいっぱいなのは「収穫があった」という豊かさの証明に。拾えない素材は「誰かへのギフト」に。
天馬の大剣が、スッと軽くなった気がした。
「……あ、心が温かい」
五感が鮮明になり、魔物の羽音や草のざわめきが、祝福の歌のように聞こえ始めた。
「未来は、今、私が話す言葉で作っていくよ。次は『ありがとう』のオンパレードで行こう。どんだけー、って言われるくらいにね!」
みるくの弾けるような笑顔が、訓練場の空に高く、高く響いていった。