キンと冷えた空気のなか、雪の結晶が静かに舞い落ちる。みるくは、凍てつく青い樹々の下で、自分の右手に握られた「光の鍛冶ハンマー★★★」をじっと見つめていた。
「はたらけど、はたらけど……か。啄木もアストルティアにいたのかな」
みるくの口から漏れた吐息が、白く濁って消えていく。手の中のハンマーは、使い込まれた皮の匂いと、微かな魔力の熱を帯びている。最高級の逸品だ。これ一つで十二万ゴールド以上。さらにカバンの中には、先ほどバザーで買い漁ったばかりのブルーオーブが重たく沈んでいる。一気に百個以上のオーブを仕入れる時、指先に伝わるあの「ゴールドが削れる感触」は、何度経験しても心臓に悪い。
「一、十、百、千、万……九千百八十二万。数字だけ見れば、悪くないはずなんだけどな」
みるくは、銀行の通帳代わりの魔導端末を指でなぞった。画面の淡い光が、彼女の白い肌と銀髪を青白く照らし出す。数字は嘘をつかない。けれど、増えていかない。仕入れれば減り、打てば売れるが、また次の仕入れで消えていく。まるで、穴の空いたバケツに必死で水を注いでいるような、言いようのない徒労感が胸の奥に澱(おり)のように溜まっていた。
ふと顔を上げると、周囲には楽しげに談笑する冒険者たちの姿があった。色鮮やかなドレスに身を包んだ者、新しい武器を自慢し合う者。彼らの笑い声が、パチパチと爆ぜる焚き火の音に混じって耳に届く。その賑やかさが、今の自分にはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。
「……まじゅうの皮、また値上がりしてたし」
みるくは、カサつく自分の掌を、光のハンマーの冷たい金属部分に押し当てた。ひやりとした刺激が、思考の霧をわずかに晴らす。
鼻をくすぐるのは、雪の匂いと、遠くの家々から漂う煮込み料理の香ばしい匂い。お腹が空いた。けれど、今はそれよりも、この手に残る「鍛冶の重み」を確かなものにしたかった。
「いつか、じっと手を見るのをやめて、空を仰いで笑える日が来るのかな。……それとも、私はただ、このハンマーの火花の中に消えていく数字を追いかけ続けるだけ?」
みるくは小さく首を振ると、銀の髪をなびかせて歩き出した。
雪を踏み締めるキュッ、キュッという硬い音が、静かな夜の街に響く。
切なさは消えない。けれど、明日のための素材はもう、カバンの中にたっぷり詰まっている。
「さあ、帰って打たなきゃ。次は、絶対に『会心』を出してみせるんだから」
彼女の瞳に、宿屋の窓から漏れる温かなオレンジ色の光が反射した。それは、彼女が追い求める、黄金の輝きに似ていた。