まもの使いレベル140
夕方から降っていた雨がやんで、窓を開けると濡れた土の匂いがふわりと部屋へ流れ込んできた。私は薄手の灰色の部屋着のまま椅子に座り、テーブルの隅に置いた冷めた味噌汁をすすった。机の上には攻略メモを書いた大学ノート、読みかけの文庫本、食べ終わったみかんの皮が散らばっている。片づけようと思いながらいつも後回しにしてしまうのは、現実でもゲームの中でも変わらない癖だった。
画面の中では、仲間のモンスターたちが元気に駆け回っている。もふもふの相棒が尻尾を振り、ドラキーがふわふわと頭の上を飛び、敵を見つけるたびに勇ましく前へ出ていく。私は昔から強い主人公より、隣で一緒に戦ってくれる仲間のほうが好きだった。自分一人ではなく、誰かと力を合わせて進む。その感覚が好きで、気がつけばずっとまもの使いを育てていた。
戦闘が終わり、経験値の数字がぴたりと止まった瞬間、画面に大きな文字が現れた。
「まもの使いのレベルが140になった!」
私は思わず椅子から立ち上がった。何度も見てきたレベルアップの表示なのに、今日は少し違う。マウスを握ったまま画面を見つめ、何度も瞬きをする。窓辺で乾かしていた洗濯物が風で揺れ、タオルの柔軟剤の香りが漂ってきた。
「ほんとに、なっちゃった」
誰もいない部屋でそうつぶやいて、自分で少し笑った。
昔は、モンスターを仲間にするだけでも大騒ぎだった。なかなか仲間になってくれなくて、同じ敵を何十匹も倒し続けたこともある。やっと仲間になった時には、嬉しくて名前を考えるだけで一時間も悩んだ。強さなんて二の次で、連れて歩くだけで楽しかったのだ。
冷蔵庫を開けると、昨日作った肉じゃがが残っていた。小皿によそい、ついでに麦茶も入れてパソコンの前へ戻る。ゲームの画面には、レベル140になったまもの使いがいつものように立っていた。特別な王冠があるわけでもないし、急に最強になるわけでもない。でも、その背中の後ろには、今まで一緒に冒険してきた仲間たちの姿が見える気がした。
私は箸でじゃがいもを崩しながら、ぼんやり考える。現実ではうまくいかない日もあるし、買い物へ行って肝心な物を忘れることもある。洗濯を干したまま雨に降られて、慌てて取り込む日だってある。それでもゲームの中では、仲間を集めて、一歩ずつ進んできた。
画面の向こうの相棒が、こちらを振り返っているように見えた。
「長かったね」
そう言うと、私は首を横に振った。
「ううん、楽しかった」
外ではまた小さな雨が降り始めていた。私は窓を閉め、散らかった机の上を少しだけ片づける。そして、レベル140になったまもの使いを見つめながら、次はどのモンスターを育てようかと、もう新しい冒険のことを考えていた。