戦士レベル140
朝から蒸し暑い日だった。私は白い半袖のTシャツに紺色のジャージ姿でパソコンの前に座り、扇風機の風を首筋に受けながら、冷えた麦茶をちびちび飲んでいた。机の上には昨夜のままのアジの開きの皿が流しへ運ばれずに置いてあり、攻略本には醤油の小さな染みがついている。片づけなきゃと思いながら、ついゲームを起動してしまうのはいつものことだった。
戦士はレベル138。あと少しで140になる。私は昨日から何度も同じ狩場を回っていた。派手な魔法は使えないし、回復も得意じゃない。でも、前に立って仲間を守るのが戦士の仕事だ。画面の中で大剣を振り回す自分のキャラクターを見ていると、なんだか背筋が伸びる気がする。
「あと少し、あと少し」
私はそう呟きながら、右手でマウスを握り直した。緊張すると親指の爪をこする癖がある。今日も知らないうちに指先が忙しく動いていた。
敵を倒し、経験値が入る。もう一戦、もう一戦と続けているうちに、突然、画面が明るく光った。
「戦士のレベルが138から140になった!」
私は思わず声をあげた。
「えっ、うそ、ほんと?」
誰もいない部屋なのに、周りを見回してしまう。窓からは曇り空の白い光が差し込み、ベランダの洗濯物が風に揺れている。さっきまで感じていた肩の重さがどこかへ飛んでいったようで、私は椅子の背にもたれながら、何度もレベル表示を確認した。
「なったあ」
そう言って笑うと、自分の声が少し弾んでいるのがわかった。
戦士は、私にとって特別な職業だった。始めたばかりの頃は、敵の攻撃を受け止めるだけで精一杯で、よく床に転がっていた。仲間に助けられて、
「ドンマイです」
と言われるたび、画面の前で頭を下げていた。強くなりたいと思った。でも、それ以上に、誰かを守れるようになりたかった。
私はキッチンへ行き、小鍋で味噌汁を温め直した。具は豆腐とわかめだけの簡単なものだ。ついでに冷蔵庫から梅干しを出して、おにぎりをひとつ作る。ゲームの画面を見ながら食べる昼ご飯は行儀が悪いけれど、今日は少しくらい許される気がした。
味噌汁をすすりながら、私はレベル140になった戦士を見つめる。立派な鎧を着て、大きな剣を背負っている。でも、その姿の向こうに見えるのは、何度も負けて、何度も立ち上がった日々だった。回線が切れて泣きそうになった夜も、操作を間違えて仲間を全滅させた日も、全部ここへ続いている。
私は湯気の立つお椀を両手で包みながら、小さくうなずいた。
「よく頑張ったね」
誰に言ったのかわからない。戦士かもしれないし、自分自身かもしれない。
窓の外では、遠くで雷が鳴っていた。もうすぐ夕立が来そうだ。私は急いで洗濯物を取り込み、タオルを畳みながら、次はどの職業を育てようか考える。
レベル140になった戦士は、今日も画面の中で堂々と立っている。その姿を見ていると、不思議と私も背筋を伸ばしたくなるのだった。