もぐもぐちゃんの反抗期
昼下がりの木漏れ日がハウジングの床にまだら模様を落としていた。私は白いドレス姿の自キャラを立たせたまま、キーボードの前で頬杖をついている。テーブルの上には飲みかけの麦茶と、少ししけったおせんべいが二枚。窓を開けているので風鈴がちりんと鳴り、遠くで洗濯機が脱水している音が聞こえていた。
隣には、うちのもぐもぐちゃん。
灰色の丸い体に、むすっとした顔。小さな手を腰に当てて、こちらを睨んでいるように見える。
私は画面を見つめて、大きなため息をついた。
「なんでぇ……」
「五回も転生させたのに……」
「なつき度、まだ八なの?」
もぐもぐちゃんは返事をしない。
もちろんゲームのモンスターだから返事をするはずもないのだけれど、今日はなんだか、
「ふん」
と言われた気がした。
私は椅子にもたれた。
転生五回。
餌もあげた。
連れ歩いた。
戦闘にも連れて行った。
なのに、なつき度はぴたりと止まったまま。
まるで思春期の子どもみたいだ。
「私の何が悪いのよぉ」
画面に向かって文句を言う。
「こんなに可愛がってるのに!」
すると、玄関のチャイムが鳴った。
私は慌てて席を立ち、宅配便を受け取る。中身はスーパーで頼んでいた野菜だった。茄子三本、きゅうり二本、豆腐一丁。それを冷蔵庫にしまいながら、ふと笑ってしまった。
ゲームのモンスターのなつき度で、こんなに真剣に悩むなんて。
でも、好きだから仕方がない。
夕方になり、私は茄子の味噌炒めを作った。ごま油の香りが部屋に広がり、味見をしながら少し砂糖を足す。ちゃぶ台にご飯と味噌汁を並べ、テレビもつけずにひとり食べていると、またパソコンの画面が気になってきた。
食後にログインする。
もぐもぐちゃんは、昼と同じ場所に立っていた。
腕組みをしているように見える。
私は画面を指でつつく。
「ねえ」
「そんなに簡単に懐いちゃったら、面白くないってこと?」
もぐもぐちゃんは黙っている。
でも私は、ふと今日読んだ記事を思い出した。
歩き始めた赤ちゃんは、一日に百回以上転ぶ。
転んで、
泣いて、
立ち上がって、
また転ぶ。
何千回も。
何万回も。
そうやって歩けるようになる。
私は笑ってしまった。
「そっか」
「私も、まだ歩き始めなんだ」
レベルを上げて、
転生を繰り返して、
失敗して、
また挑戦する。
ゲームも、
人生も、
案外似ている。
なつき度八で止まったっていい。
十にならなくても、
二十にならなくても、
毎日ログインして、
もぐもぐちゃんを眺めて、
かわいいなあと言っている時間が、
もう十分幸せなのかもしれない。
私は麦茶を飲みながら、画面の前でにやりと笑った。
「よーし」
「明日も一緒に遊ぼうね」
するとその時だった。
もぐもぐちゃんが、ほんの少しだけこちらを向いた。
もちろん偶然だ。
ただの待機モーションだ。
わかっている。
わかっているのに、
私は思わず声を上げた。
「今! 今見た!」
「絶対見た!」
部屋には誰もいない。
返事もない。
それでも私は、しばらくひとりで笑っていた。
窓の外では夕焼けがゆっくり夜に変わっていく。
五回転生しても、
なつき度八のままでも、
うちのもぐもぐちゃんは、
今日も世界で一番かわいかった。