キノコの家と未知なる祭り
みるくは朝からじっくりと時間をかけて、圧力鍋で仕込んだ自家製の鶏ハムを小気味よく切り分けていた。格子柄のエプロンをきゅっと結び直し、まな板の上で薄切りにしたキュウリの瑞々しい匂いに包まれながら、彼女の右手は無意識のうちにエプロンのポケットを何度も叩いている。この日も職人仕事の合間に、アストルティアの街角で耳にした「ハウジング万博」という不思議な響きが、ずっと頭の片隅から離れなかった。いつもなら釣り竿を担いで魔界の荒波へ向かうか、自分の庭の敷石を並べ替えるだけで満足していたはずなのに、世間にはまだ見ぬ壮大な家具の祭典があるらしいと知り、胸の奥が妙にそわそわとして落ち着かなかった。
「ハウジング万博だなんて、一体どこの大陸の、どの住宅村でやっているのかしら」
みるくは淹れたての熱いほうじ茶の湯気越しに、ぽつりと独り言をつぶやいた。
夕食を済ませてパソコンの前に座り、アストルティアにログインすると、画面にはお気に入りのキノコの家が夕日に照らされて並んでいた。部屋の片隅には、昨夜脱ぎっぱなしにしたままの靴下が少し丸まった状態で転がっており、窓の外からは近所の子供たちの賑やかな声が微かに聞こえてくる。彼女はオレンジ色の可愛らしいフリルドレスに身を包み、お揃いの大きな帽子をかぶった自分のキャラクターを動かしながら、フレンドたちの間で交わされているチャットの履歴をじっくりと遡って読み始めた。これまで職人仕事と魚のサイズ更新だけに情熱を注いできた彼女にとって、他人の家を大規模に見学するようなお祭りの情報は、まるで異世界の出来事のように遠く感じられるものだった。
「いつも自分の庭にこもってばかりだから、こういう大きな催しにはすっかり疎くなってしまうわね」
みるくは画面の前で小さく肩をすくめ、自分の情報収集の遅さに苦笑いしながらも、キーボードを叩く指先を少しだけ弾ませた。
みるくは自分の敷地に飾られた巨大な木の根のオブジェを見上げ、その歪な木肌にそっとキャラクターの手を触れさせた。庭の端では、数日前にバザーで奮発して買い揃えたカラフルなキノコの家たちが、ぽこぽこと煙突から白い煙を上げてのんびりと佇んでいる。彼女は、もしその万博とやらの場所が分かれば、今まで見たこともないような奇抜な家具の配置や、職人技が光る庭園の造り込みをこの目で確かめられるかもしれないと、贅沢な想像を膨らませていた。おさかなコインを貯めて手に入れた便利な庭具も自慢ではあったが、世界中のハウジング職人たちが知恵を絞って集まる場所があるのなら、迷子になってでも行ってみたいという好奇心がふつふつと湧き上がってくる。
「誰か親切な旅の人が、開催地へ続く案内図をそっと教えてくれないかしら」
彼女は、小さな蝶が舞う緑豊かな庭の真ん中で、まだ見ぬお祭りの会場に思いを馳せるように、大きく息を吸い込んだ。
夜の帳がすっかり降りた部屋の中で、長年釣りを楽しんできたみるくは、静かに次の行動を思案し始めた。机の上には、さっきまで食べていた鶏ハムの空皿が置かれ、黒こしょうが少し残っている。隣の家計簿には、今日買った家具代の数字がまだ乾ききっていなかった。このキノコづくしの可愛い我が家も十分に愛着があるけれど、世間の流行にほんの少しだけ寄り道してみるのも、新しい物語の始まりには悪くない選択だと思えた。彼女はブレない自分の軸を大切にしながらも、未知の祭典への切符を手に入れるために、まずは明日の朝一番で街の案内係に話しかけてみようと心に決めた。
「さあ、まずはどこでやっているのかを突き止めて、明日からはまた、新しい飾りのアイデアをたくさん見つけに行きましょう」
みるくの弾む声が、夕暮れの涼しい風に乗って、アストルティアの広い夜空へと優しく溶けていった。
撮影場所「霊の実(マイタウンID:6714-8952)」