総帥Yまで、あと二十歩
朝から東京は強い日差しが照りつけ、窓を開けても熱風が部屋へ流れ込んできた。みるくは薄いグレーのTシャツに紺色のハーフパンツを着て、首へ保冷タオルを巻き、冷蔵庫で冷やしておいた麦茶をコップへ注ぐ。朝食に焼いたアジの開きと冷めかけた味噌汁をゆっくり食べ終えると、流しには洗い終わった茶碗が伏せられ、洗濯物がベランダの物干し竿で夏の風に揺れていた。机の隅には昨日書いたメモ帳が開いたままで、「総帥Yまであと二十」と少し曲がった文字が残っている。パソコンの電源を入れたみるくは、防衛軍の実績画面を眺めながら、小さくため息をついた。
「百三十……あと二十なのに、何をしたらいいのか分からない。」
画面には「冥黒の悪夢兵団を海賊で防衛」「戦士で防衛」「魔法戦士で防衛」と、達成していない実績がずらりと並んでいる。文字は読めるのに、何から手を付ければいいのか頭の中が真っ白になり、マウスを持つ手が止まった。全部の職業を百四十まで育てたときは、「これで何でもできる」と思っていたのに、防衛軍へ入ると「この職、何するんだっけ」と毎回同じところへ戻ってしまう。学校で黒板を見上げながら、どこが分からないのかさえ分からなくなっていた子どもの頃を思い出し、思わず苦笑いがこぼれた。
「私、お勉強のできない子みたいだなあ。」
そうつぶやきながら実績を一つずつ見直していると、不思議なことに気付いた。全部が分からないのではない。「海賊で防衛」「魔法戦士で防衛」「レンジャーで防衛」と、一つずつ職業が並んでいるだけなのだ。みるくはメモ帳を新しいページへめくり、「今日は海賊だけ」と大きく書き、その下へ「開幕で大砲」「大砲を建て直す」「ボスを見る」と三行だけ書き加えた。文字は曲がっていたが、自分で読めれば十分だった。
防衛軍が始まると、やはり最初は慌てた。仲間は迷いなく走り出し、自分だけ大砲を置く場所を探して右へ左へ歩いてしまう。それでも今日はメモを思い出し、大砲を建て、壊れたらもう一度建て直した。戦いが終わる頃には汗ばんだ手でマウスを握り直しながら、「さっきよりは動けたかな」と画面へ笑いかける余裕が生まれていた。
「全部覚えなくていい。一つ覚えれば、一つ進める。」
防衛軍を終えたあと、みるくは冷蔵庫から切っておいたスイカを取り出し、甘い果汁で乾いた喉を潤した。窓の外では入道雲が大きく育ち、蝉の声が休むことなく響いている。総帥Yまであと二十歩。その数字は朝より変わっていなかったが、みるくの足元には、確かに今日踏み出した一歩の跡が残っていた。
そして、防衛軍のカテゴリーさえない。