五階の青い扉
東京は三十七度。朝から熱中症アラートが鳴り、みるくは白い半袖のTシャツに紺色のハーフパンツ姿で、シャワーを浴びたばかりの髪をタオルで拭きながらパソコンの前へ座った。朝ご飯に食べた玉ねぎとわかめと卵の入った袋みそラーメンの丼は流しに置いたままで、窓際には乾ききらない洗濯物がゆっくり揺れている。冷蔵庫から取り出した麦茶を一口飲み、机の上に散らばったメモ帳をそろえると、「今日は魔塔を五階まで行けるかな」と小さくつぶやいてコントローラーを握った。
一階から四階までは慎重に敵を倒し、宝箱も開け、レベルも九まで上げた。防具は少しずつ錬金し、休息の間へ戻っては「これで少しは強くなったかな」と装備を見直す。青く光る五階の扉の前へ立つと、昨日フレンドと鉄鬼軍王キラゴルドを初めて倒した時のことを思い出した。あんなに強そうな相手をみんなで笑いながら倒せたのだから、一人でも何とかなる気がしていた。
「よし、行こう。」
青い扉をくぐると、魔天鳥シャクスが羽を大きく広げて待っていた。みるくはぶんまわしを放ち、メラを唱え、少し下がって回復のタイミングを探す。けれど相手は思った以上に素早く、羽ばたくたびに体力が減っていく。慌てて道具を開こうとした時には間に合わず、画面は静かに敗北を告げた。所持金も半分になり、数字を見つめたまま眼鏡を外して額を指でこすった。
「ええっ、お金まで半分なの!?」
思わず声が出たが、そのあと自分で笑ってしまった。別のゲームでは初心者ダンジョンに三か月こもって友達に笑われたことがある。それでも最後には誰よりも地図を覚えていたことを思い出し、「私は昔からこうだったな」と椅子にもたれた。急いで次へ進むより、戻ってレベルを上げ、防具を一つずつ強くし、敵の動きを覚えてから挑むほうが自分には合っている。
机の横には昨日福引で当たった一等のメモが置かれていた。キラゴルドコインが当たった日は大笑いしていたのに、今日は鳥に追い回されている。その差がおかしくて、みるくは冷蔵庫から冷えたヨーグルトを取り出し、小さなスプーンでゆっくり食べた。甘さが口に広がると、さっきまでの悔しさも少しだけやわらいでいく。
「よし、もう一回戻ろう。レベルを上げて、防具も強化して、それからまた来ればいい。」
みるくはそう言ってコントローラーを握り直した。総帥Yになるまで十二年かけて歩いてきた人が、魔塔の五階だけ近道をするはずがない。青い扉は逃げないし、魔天鳥シャクスも明日になればまた待っている。だから今日の敗北は遠回りではなく、次に勝つための地図を一枚増やしただけだった。