不思議な魔塔より難しいトイレの鍵
夜中に壊れたトイレの鍵は、朝になると家族が工具箱を持って直してくれた。昨夜まで総帥Zだった私は、公園のトイレまで歩く羽目になり、アストルティアでは被ダメージを減らせても現実の尿意は一パーセントも軽減できないと知った。修理された扉を何度も開け閉めしてから、白い半袖シャツと紺色のステテコのままパソコンの前へ戻った。机には冷めた味噌汁、半分残ったアジの開き、輪ゴムで束ねた薬の説明書が並び、その向こうで「不思議の魔塔」の入口が私を待っていた。
「大総帥になる女が、魔塔ごときに負けるものか」
勢いよく入ったものの、不思議の魔塔では各階にクエストがあり、条件に合わせて装備を交換し、必要な効果を錬金しなければならなかった。注意欠陥性多動性障害の私は、説明を最後まで読む前に別の項目を押し、識字障害の私は、よく似た漢字が並ぶ効果一覧を三回読んでも違う装備に錬金した。攻撃力を上げるつもりが回復量を増やし、回復量が必要な階では転びガードをつけている。洗濯機の終了音が後ろで鳴ったが、私の頭の中では装備、錬金、進化、クエスト、敵の弱点が同時に鳴っていた。
「もう無理! 誰か一人くらい、一緒に登ってよ!」
しかし魔塔はずっとソロであり、叫んでも返事をするのは画面の中の案内係だけだった。週に来てくれる訪問看護師さんも発達障害があり、以前、麦茶を飲みながら「私はRPGは無理です。何を持って、どこへ行くのか途中で分からなくなります」と笑っていた。そのとき私は、ゲームは楽しいのにと思ったが、魔塔で同じ階を四度やり直した今なら、看護師さんの言葉に両手を合わせられる。最近のゲームは何でも一人で攻略させたがるが、昔なら仲間が「その装備じゃないよ」と教えてくれたはずである。
休憩中、盗賊の装備について調べると、「きようさ千以上、すばやさ千以上」という数字が出てきた。私の盗賊は、その数字を見ただけで盗みをやめ、交番へ自首しそうな能力だった。冷蔵庫から梅干しを出し、紫蘇と一緒におにぎりへ入れながら、私は現実の自分のすばやさを考えた。トイレまで急いでも途中で眼鏡を探し、台所へ麦茶を取りに行って味噌汁を温めて戻るため、たぶん二十三くらいである。
「きようさ千って、千羽鶴でも折るのかね」
それでも私は、間違えた錬金効果を帳面の裏へ大きな字で書き、必要な装備だけ赤鉛筆で囲んだ。一階進むごとに梅おにぎりを一口食べ、失敗したらトイレの扉を開けて、ちゃんと直っていることを確認した。魔塔は一人でも、現実では鍵を直してくれる家族がいて、話を聞いてくれる訪問看護師さんもいる。私は五度目の挑戦ボタンを押し、ステテコの膝をたたいた。
「きようさ千は無理でも、やり直した回数なら負けないぞ! ただし次にトイレが壊れたら、魔塔より先に家族を呼ぶ!」