胃潰瘍があっという間にできる不思議な魔塔
みるくは水色のTシャツに灰色のステテコをはき、冷房を十八度にした部屋で五度目の床ペロを迎えた。画面の中では、白と薄桃色のフリルドレスを着た幼女が冷たい石床へ倒れ、魔天鳳レアルフスたち四体は、幼女を集団でいじめた反省もなく元の位置へ戻っていく。散らかった机には冷めた麦茶、胃薬、醤油の染みがついた攻略帳面があり、帳面には力を込めすぎた鉛筆で「レベル50」と書かれていた。ブレス耐性七十、混乱ガード百、HP四百八十三まで整えたのに、胃の防御力だけは一桁だった。
「推奨レベル三十なのに、五十で勝てないのはどういうことでしゅか。胃粘膜にもブレス耐性をつけてくだしゃい」
敵が四体いるだけでも厳しいのに、回復を任せたキングスライムはすぐに消えた。みるくはツボから三回も呼び直したが、キングスライムは少し働くと透明になり、戦闘の途中でも構わず帰ってしまう。その間にも、みるくは戦士、盗賊、武闘家、バトルマスターの特技が入り交じった一覧から心頭滅却を探し、敵の動きを見失って、はげしいおたけびで何度も転ばされた。敵を見るか、特技を読むか、ツボを探すか、胃を押さえるか、二本の手と二つの目では足りなかった。
「労働基準法には違反していましぇん。残業代も払いますから、せめて一戦闘中はいてくだしゃいよ!」
キングスライムは返事もせずに消え、残されたみるくへ四体の攻撃が集中した。再びツボを探している間にはげしいおたけびを受け、立ち上がったときにはHPが大きく減っている。ようやく二代目のキングスライムを呼んでも、回復が間に合う前にまた転ばされ、三代目まで同じ勤務態度だった。みるくは魔塔の雇用条件に「戦闘終了まで勤務」と書かれていないことを疑い、攻略帳面の端へ求人広告を作った。
「急募、回復職。幼女にベホイムをする簡単なお仕事でしゅ。制服自由、まかないは大根とわかめのおじやでしゅ」
胃の奥がきりきりしたので、みるくはコントローラーを置いて台所へ向かった。小鍋には大根とわかめのおじやが一杯分残り、冷蔵庫には半分だけ使った豆腐と、ラップから少しはみ出した大根が入っている。おじやを弱火で温めている間、流しに置いた小皿を一枚洗い、洗濯機の横へ落ちていた片方だけの靴下を拾った。魔塔では何度倒されてもすぐに復活できるが、現実の胃袋には教会もザオリクもなかった。
「胃潰瘍まで異世界転生についてこなくていいんでしゅよ」
温めたおじやから、わかめと大根のやさしい匂いが立った。みるくは一口ずつ食べたが、胃の痛みが気になり、半分ほどで箸を置いた。本当に胃潰瘍なのか、ゲームの緊張で胃が縮んでいるだけなのかは、攻略サイトを読んでも分からない。自分で決めつけて別の病気を見落としては困るので、みるくは攻略帳面の新しいページへ救急相談の電話番号を大きな字で書いた。
「今夜の攻略対象を変更しましゅ。三十階ではなく、みるくの胃でしゅ」
ゲームを終了させると、石壁も魔法陣も消え、暗くなった画面に髪をぼさぼさにしたみるくの顔が映った。レベル五十まで上げた時間も、ブレス耐性や混乱ガードをそろえた努力も、今夜休んだからといって消えはしない。みるくはお腹を締めつけないようステテコのひもを緩め、電話を手元へ置いて横になった。魔塔へ戻るのは、キングスライム労働組合との雇用交渉と、自分の胃袋の回復が終わってからでよかった。
「次は残業代を三倍払いますから、ボスが倒れるまで有給休暇を取らないでくだしゃい!」