不撓不屈でしゅ、魔天海フォルネー
魔天海フォルネーに二度目の敗北を喫したみるくは、コントローラーを膝に置き、薄桃色の半袖シャツの裾で手のひらを拭った。冷房を十八度に設定しているのに、首筋には汗が浮かび、机の上では麦茶の氷が小さく音を立てて崩れている。キャラクターのレベルは五十八、推奨レベルは三十五以上なのだから、数字だけならフォルネーのほうから降参を申し出てもよさそうなものだった。それなのに戦闘が始まると、みるくは道具欄でグレイトマーマンのツボを探し、発見した頃には泥沼ポンプを正面から浴びていた。
「ちっとも楽しくないでしゅ。」
みるくは台所へ行き、油を薄く引いたフライパンへ餃子を並べた。冷蔵庫から一袋分のもやしを取り出して餃子の隙間へ押し込み、入りきらなかった分まで上から載せると、フライパンは白い根と黄色い皮で満員電車になった。蓋を開けた途端、湯気が眼鏡を曇らせ、焦げ目のついた餃子ともやしの匂いが狭い台所に広がる。皿へ移しながら攻略表を思い出すと、メイルストロム、ためる参、聖女の守り、ベホマ、チャージタックル、ジバルンバと、餃子より多い注文が並んでいた。
「前衛と後衛では、立ち回りが全然違うでしゅよ。昨日まで剣で殴っていた人に、今日から魔法使いになれと言わないでほしいでしゅ。」
三度目の挑戦を始める前に、みるくは酢じょうゆをつけた餃子をかじり、しゃきしゃきしたもやしを箸でまとめて口へ運んだ。食後には白い紙へ太いペンで「敵を見る」と書き、テレビの下へ貼った。識字障害があるため小さな文字の並ぶ道具欄は迷路になり、注意欠陥多動性障害の頭は、回復、召喚、魔力かくせい、ためる参と、同時にいくつもの命令を出してくる。それなら全部を完璧に行うのではなく、まず敵が動くまで待つことだけ練習しようと決めた。
「これは戦闘ではなく、後出しじゃんけんの授業でしゅ。先に手を出したら負けなのでしゅ。」
三戦目、みるくはグレイトマーマンを呼び、リベホイムをかけると、あえて何も押さなかった。フォルネーが泥沼ポンプの構えを見せれば背後へ回り、ブラストウェーブには横へ走り、触手れんだには慌てて道具欄を開かず防御した。攻撃したい指が何度もボタンの上で跳ねたが、横に置いた麦茶を一口飲み、敵の次の動きを待った。メイルストロムを一発撃つまでに時間はかかったものの、開始早々に床へ転がった二戦目より、明らかに長く立っていられた。
「レベル五十八の力とは、急いで殴ることではなく、待てることでしゅね。」
それでも操作を一つ間違え、三度目も入口へ戻された。みるくはコントローラーを投げず、フライパンに残ったもやしを箸でつまみ、少し冷えた餃子をもう一つ食べた。それから「敵を見る」の下へ、「道具は戦闘前に確認」「一度に全部しない」と書き足した。全部できなければクリアできないのではなく、全部を一度にやろうとするから敵を見失うのだと分かってきた。
四度目の入口で、小さな魔法使いは女神の杖を両手に握っていた。背後の扉には青白い魔法陣が回り、机の皿には最後の餃子が一つだけ残っている。みるくはそれを勝利祝いに取っておくことにして、コントローラーを握り直した。文句を言った二回も、逃げ方を覚えた一回も、次の戦いへ持っていける経験だった。
「フォルネー、待っているでしゅ。餃子が冷え切る前に、不撓不屈でもう一回でしゅ。」