四十階に零式が実装されました
八回目の戦闘で、みるくは魔天竜ブーネイの前を横切るように走った。橙色のワンピースには大きな赤いリボンが付き、黒い長靴の足は画面の端へ向かって確かに動いていた。それでも大地裂きは、みるくの背中へ住所指定の宅配便のように届き、次の瞬間には小さな体が床へ伏していた。レベル六十五の表示だけが元気に残り、ブーネイは大きな腹を揺らしてこちらを見下ろしている。
「横によけているのに、なんで当たるのでしゅか。ブーネイさんの攻撃には追跡番号が付いているのでしゅか。」
休息の間へ戻ったみるくは、コントローラーを机へ置き、台所で豚肉と玉ネギのしょうが焼きを温めた。皿には千切りキャベツをたっぷり盛り、赤いミニトマトを二つと、昨日ゆでたブロッコリーを添えた。薄い灰色の半袖シャツへ着替えても、背中には戦闘中の力が残り、箸を持つ指まで固くなっていた。しょうがの匂いが立つ皿を見ながら、みるくは八回分の床ペロを指折り数えた。
「一回、二回なら練習でしゅ。八回になると、床材メーカーから感謝状が届きましゅ。」
攻略動画では、大地裂きは横へ移動、ジバルンバは設置場所から離れる、じひびきはジャンプと簡単そうに説明されていた。ところが実際には、敵の技名を読み終わる前に攻撃範囲が決まり、横へ走ったつもりでも一歩目が遅ければ判定だけが元の場所へ残った。逃げた先にジバルンバがあり、回復を探せばバギムーチョが来て、レジェンドホースは肝心な頃に勤務時間を終える。みるくはキャベツを一口食べ、魔塔の入口に見えない看板が立っていると考えた。
「いつからFF14みたいになったのでしゅか。参加条件に予習、復習、反射神経、床掃除八年の実務経験と書いてありましぇんでしたよ。」
食後、みるくは写真を開き、ブーネイと並んだ橙色の服のみるくを見た。記念撮影では小さな冒険者が前に立ち、後ろの巨大な竜は、零式ボスの採用面接官のように腕を下げている。不思議のカードを育てるための一人用コンテンツなのに、仲間もサポートも連れていけず、回復、強化、攻撃、回避を全部一人へ割り振ってくる。みるくは攻略帳へ「これはエンドコンテンツではない」と書き、その横へ疑問符を三つ足した。
「エンドコンテンツではないなら、なぜ毎回みるくの命がエンドするのでしゅか。」
それでも九回目の開始ボタンは押さず、みるくはしょうが焼きの皿を洗った。白湯を入れ、椅子の背に掛けた洗濯物を畳み、胃のあたりが落ち着くまで南国の家で鳥を見ることにした。ブーネイは四十階から逃げないが、みるくまで今日中に倒す義務はない。攻略帳の最後に「横へ避けても死ぬ日は、横になって休む」と書き、布団の上へ足を伸ばした。
「本日の零式練習は終了でしゅ。次回までに、ブーネイさんは通常難易度へ戻っておいてくだしゃい。」