レベル68、扉の外に友達がいる
七月の朝から東京の空気は蒸し器の中のようで、みるくは白い半袖シャツに薄桃色のステテコという、王者にも冒険者にも見えない服装でパソコンの前に座っていた。机には冷めた味噌汁と半分残った梅干しのおにぎりがあり、エアコンを十八度にしているのに、鼻の下には汗が光っている。不思議の魔塔四十階へ挑み始めて何日たったのか、壁のカレンダーには失敗するたびに正の字を書いたため、二十九日だけが呪文書のように黒くなっていた。レベルはとうとう68になり、魔天竜ブーネイより先に自分が魔王へ転職しそうだった。
「今度こそレジェンドホースを呼んで、華麗に勝つのよ」
みるくがツボを使うと、金色の馬が勇ましく現れた。ところが、みるくがブーネイの攻撃を避けようと二歩下がり、回復薬の場所を探してコンテキストメニューを開いたころには、馬はもう消えていた。残ったのは竜の鼻息と、空になった場所へ杖を振る七十歳の冒険者だけである。
「ちょっと待って。あなた、出勤時間が短すぎない?」
ブーネイの尻尾に吹き飛ばされ、みるくはまた扉の外へ戻された。握っていたマウスの下には昨日こぼした麦茶の丸い染みがあり、窓際では洗濯した靴下が一足だけ、エアコンの風に揺れている。レベルを上げれば何とかなると思って68まで来たのに、上がったのは数字と肩の凝りだけだった。
「レジェンドホースさん、せめて試用期間を終えてから辞めてよ」
そのとき、友達が心配して魔塔まで来てくれた。青い帽子をかぶった友達は扉の前で手を振ったが、この戦いは一人用なので、中へ入ることも、みるくの装備を直接調べることもできない。二人の間には、ボスより固い仕様という壁が立っていた。
「中には入れないけど、今の装備と錬金を一つずつ読み上げて」
「読み上げるの? 恥ずかしいわ。健康診断の体重発表みたい」
「レベル68まで育てた人が、今さら照れないの。武器から順番に」
みるくは口をとがらせながら、画面の装備欄を開いた。友達はメモを取り、どの技をいつ使ったか、馬を呼んだ直後に何をしているかまで尋ねた。話しているうちに、みるくはレジェンドホースを出すことばかり気にして、呼んだあとにメニューを探し、攻撃の機会を何度も逃していると気づいた。
「馬を長生きさせようとしすぎなくていいよ。呼んだら迷わず使う。回復薬の位置も戦う前に確認して、やることを紙に三つだけ書こう」
「三つなら覚えられる。四つだと一つ逃げるけど」
みるくは味噌汁を電子レンジで温め直し、広告の裏に太い字で「回復」「攻撃を避ける」「馬が出たら即行動」と書いた。ついでに梅干しのおにぎりを一口食べると、塩気が舌に広がり、さっきまで重かった指が少し動きやすくなった。友達は扉の外からしか応援できないが、その声はブーネイの咆哮よりよく聞こえた。
「また失敗しても、何ができなかったか一つだけ教えて」
「分かった。でも勝ったら、レジェンドホースには皆勤賞じゃなくて一発屋賞をあげるわ」
みるくは背筋を伸ばし、四十階の扉をもう一度開いた。レベル68は、下手だった日数の証明ではなく、それでも毎日ここへ戻ってきた回数だった。金色の馬が現れると、今度のみるくはメニューの中で迷子にならず、すぐに狙いを定めた。
「ブーネイ、覚悟しなさい。今日は馬より先に、あなたに消えてもらいます!」