十二年目の、ていねいなくらし
みるくは水色の半袖シャツに、膝の伸びた灰色のズボンをはき、朝からアクセサリー袋を開いていた。机の右側には冷めた味噌汁、左側には食べかけの鮭おにぎりがあり、その間で海魔の眼甲と機神の眼甲が十二年間分のほこりをかぶった家計簿のように並んでいる。これまでは手に入れたアクセサリーをよく分からないまま合成し、「数字が増えたから、たぶん強くなった」と満足していた。しかし魔天竜ブーネイに何十回も追い返され、魔闘士レベルが68になった今、たぶんで済ませてよい時期は終わった。
「今日から、ていねいなくらしを始めます」
友達は画面の向こうで三秒黙り、それから笑った。みるくはコンテキストメニューを開き、効果を一つずつ読み、海魔の眼甲を作り直した。知らずにくっつけていた効果を外していく作業は、冷蔵庫の奥から賞味期限が三年前のからしを見つけたときに似ていた。
「十二年目にして、アクセサリーの説明を読む人になりました」
「遅いけど、読まないより百倍いいよ」
やがて機神の眼甲が理論値になった。画面に並ぶ数字を見ながら、みるくは鮭おにぎりの海苔を指先につけたまま、何度も頷いた。昨日まで同じ形にしか見えなかったアクセサリーが、今日はそれぞれ違う役目を持った道具に見える。窓際では洗濯した白い靴下がエアコンの風に揺れ、台所からは温め直した味噌汁の出汁の匂いが流れてきた。
「巧遅は拙速に如かず、って言うでしょう。早くやったほうが偉いのよ」
「それ、十二年たってから言う?」
「十二年前の私は忙しかったの。魚を釣ったり、畑に水をやったり、家具を動かしたり」
友達に指摘され、みるくは口をとがらせた。しかし十二年間、分からないものをそのままくっつける習慣を続ければ、キャラクターの能力には大きな差がつく。一方で今日から説明を読み、装備を見直す習慣を続ければ、十二年後には別のキャラクターのようになっているはずだった。それは現実の暮らしでも同じで、薬を飲んだか印をつけることも、レシートを一枚ずつ帳面に貼ることも、一日では人生を変えないが、何年も重なれば大きな差になる。
「つまり、今日が一番早い日です」
「便利な結論だね」
みるくは機神の眼甲を装備し、次のアクセサリーを選んだ。魔天竜ブーネイにはまだ勝っていないし、不思議のカードにも手が届いていない。それでも、何十回も同じ負け方を繰り返すのではなく、知らずにくっつけた効果を一つずつ見直すことなら、今の自分にもできる。机の端には飲みかけの麦茶、椅子の背には昨日着た花柄のブラウス、床には片方だけのスリッパが残っていたが、アクセサリー袋の中だけは、少しずつ整い始めていた。
「次は何を作り直すの?」
「全部です。ていねいなくらしですから」
「味噌汁は冷めているけどね」
みるくは慌てて椀へ手を伸ばし、機神の眼甲をかけた顔で味噌汁をすすった。十二年分の拙速は一日では片づかない。それでも今日、理論値が一つ完成したので、みるくは広告の裏に大きな丸を書き、その横へ「ブーネイ、待ってなさい」と付け加えた。