第三十七候 涼風至――みるく、秋の気配を庭で見つける
八月十一日、みるくはいつもの水色のドレスに着替えて、自宅の庭へ出た。朝まで暑かった空気は少しだけやわらぎ、木陰に入ると頬をなでる風がひんやりして、思わず腕をさすった。庭の片隅には夏の家具庭具が並び、色とりどりの花が咲いているのを眺めながら、みるくは縁側に置いた冷たい麦茶を一口飲んだ。
「今日は、なんだか風が違うね」
庭の木々がざわざわと葉を揺らし、遠くからカナカナカナとヒグラシの声が聞こえてくる。昼間なのに、その鳴き声を聞くと夏の終わりが少し近づいたような気がして、みるくは庭の石畳をゆっくり歩いた。昨日までなら日なたを避けていたのに、今日は木漏れ日の下に立っていても汗がすぐには流れない。
「暦では、もう秋なんだって」
みるくは冒険日誌を開き、第三十七候「涼風至」と書かれたページを指でなぞった。二十四節気の立秋、その初候にあたる時期で、涼しい風が初めて吹き始めるころだという。まだ蝉は元気に鳴いているし、昼間の気温も夏そのものなのに、風の中にほんの少し違う匂いが混じっているのが面白かった。
「秋って、急に来るんじゃないんだね」
そう言いながら、みるくは庭の家具を見回した。風鈴がちりんと鳴り、花壇では小さな花が風に揺れ、遠くの山には夕方の光が差している。ゲームの世界なのに、季節に合わせて庭を飾るだけで、その日の空気まで変わって見えることが、みるくはたまらなく好きだった。
「この庭具、夏が終わっても片づけたくないなあ」
庭の隅には、まだ夏祭りの名残の家具が置かれている。みるくはその前にしゃがみ込み、昨夜食べたスイカの甘い香りを思い出しながら、庭の配置を少しだけ直した。家具を一つ動かすだけでも景色が変わるので、気がつけば冒険へ出る予定を忘れてしまいそうになる。
「みるく、今日は冒険しないの?」
仲間から声をかけられて、みるくは慌てて立ち上がった。足元の草を払ってから装備を確認すると、いつもの冒険用の道具がきちんとそろっている。せっかくだから少しだけ庭を眺めてから出発しようと決め、最後に空を見上げると、薄紫色の雲の向こうへ夕日が沈みかけていた。
「じゃあ、行ってきます。帰ってきたら、また庭を秋らしくしようっと」
カナカナカナ、とヒグラシが鳴く中、みるくは小さく手を振って走り出した。まだ夏の暑さは残っているけれど、頬を通り過ぎる風には、確かに昨日とは違う涼しさがある。今日もドラクエの世界で遊びながら、みるくは季節の小さな変化を一つ見つけた。