みるくとイルーシャお姉さま、夏の終わりのカルピスソーダ
イルーシャお姉さまの隣に立つと、みるくはいつも少しだけ背筋が伸びる。今日はお気に入りの茶色いワンピースに花飾りのついた帽子をかぶり、立派なお屋敷の赤いじゅうたんの上で、冷蔵庫から出したカルピスソーダの瓶を両手で大切そうに抱えていた。シュワシュワと細かな泡が瓶の中を上っていくのを眺めていると、冷たい氷が瓶の中でカランと鳴り、みるくは思わず口元をゆるめた。
「お姉さま、カルピスソーダって、どうしてこんなにおいしいんでしょうね」
イルーシャは淡い緑色のドレスの裾を整えながら、みるくの手元をのぞき込んだ。大きな窓から差し込む夕方の光が床に伸び、部屋の隅では昼間に使った小さな机の上に本が何冊か積まれたままになっている。みるくは人と話すのが得意ではなく、冒険の途中でも仲間の輪から少し離れていることが多かったが、イルーシャと二人でいるときだけは、瓶を持つ指まで軽くなった。
「みるくは、今日も静かね」
「はい。静かなほうが好きです」
「でも、今日はずいぶん楽しそう」
「……お姉さまと一緒だからです」
そう言ってから、みるくは照れくさそうに瓶のラベルを指でなぞった。口元に浮かんだ笑いを隠そうとして下を向くと、帽子の花飾りが小さく揺れ、髪の間から頬が赤くなっているのが見えた。カルピスの甘い香りと炭酸の刺激が鼻先に残り、みるくはもう一口飲んだが、そのとき遠くからチリーン、と涼しげな音が聞こえてきた。
「……聞こえました?」
「南部風鈴ね」
「はい。ああいう音を聞くと、夏が終わるんだなって思います」
窓辺に目を向けると、風に揺れた風鈴がまたチリーンと鳴った。外はまだ暑く、庭の木々には蝉の声が残っているのに、夕方の風にはほんの少しだけ秋の気配が混じっている。みるくは瓶の中で溶けかけた氷を眺めながら、夏の間に行った冒険や、海辺で拾った貝殻、暑さに負けて冷たい飲み物ばかり探していたことまで思い出した。
「お姉さま、今年の夏も、いろいろありましたね」
「そうね。みるくは何が一番楽しかった?」
「えっと……」
みるくはすぐには答えられず、カルピスソーダをもう一口飲んだ。炭酸が喉ではじける感覚に少しむせてしまい、イルーシャが心配そうに背中をさすると、みるくは慌てて手を振った。冒険そのものよりも、こうして大好きな人の隣でくだらない話をしている時間のほうが、あとになって思い出すのかもしれないと考えた。
「やっぱり、今日です」
「今日?」
「はい。お姉さまとカルピスソーダを飲んでる今日です」
イルーシャが笑うと、みるくもつられて笑った。二人の足元には、読み終わった本と小さなクッションが置かれ、誰かが飲み終えた麦茶のコップまでテーブルの端に残っている。チリーン、と南部風鈴がもう一度鳴り、みるくは瓶を胸元に抱えたまま、少しだけ遠くなった夏を惜しむように窓の外を見た。
「ああ、もうすぐ夏も終わりですわね。おねえさま」
「ええ。でも、また来年も夏は来るわ」
「……そうですね」
みるくはうなずき、残っていたカルピスソーダを最後まで飲み干した。空になった瓶を机へ置くと、氷が最後にカランと鳴り、みるくは帽子の花をそっと直した。夏の冒険は終わりに近づいていたが、イルーシャお姉さまと過ごす次の冒険は、もうすぐそこまで来ていた。