満足を食べる魔物
アストルティアの町に、新しいお洋服を買っても誰も喜ばなくなるという異変が起きた。みるくも白いレースのブラウスと桃色のスカートを買い、姿見の前で何度も回ってみたが、すぐに袖の形が気になり始めた。テーブルには食べかけの卵サンドと冷めたミルクティーが残り、開け放した衣装箱から古い靴下が片方だけ飛び出していた。
「せっかく買ったのに、もっとかわいい色にすればよかった。靴も合わないし、髪形だって変えたいな」
そこへフレンドのイルーシャが遊びに来て、みるくへ『照れかわ』のしぐさ書を差し出した。みるくは両手を頬へ添え、恥ずかしそうに体を揺らす新しいしぐさを覚えた。最初は二人で笑ったのに、しばらくすると、みるくは床に落ちたパンくずを靴先で隠しながら口を尖らせた。
「かわいいけど、写真を撮る場所がないよ。庭も狭いし、家具だって古いものばかりだもん」
「みるく、さっきから満足したと思ったら、すぐ別の不満を言っているよ」
イルーシャが窓を開けると、甘く焦げた砂糖のような匂いが流れ込んだ。広場では新しい剣を買った戦士が切れ味に文句を言い、ごちそうを食べた旅人が皿の模様に腹を立てていた。屋根の上には黒い綿毛のような魔物が座り、人々の胸から浮かぶ金色の光を、細長い舌で次々に食べていた。
「あいつが、みんなの満足を食べているんだ!」
みるくとイルーシャは武器を持ち、魔物を追って町の外へ出た。魔物は満足を食べるたびに大きくなり、やがて荷馬車ほどの体で二人の前に立ちふさがった。みるくは短剣を振るったが、魔物は攻撃されても笑い、今度はみるくの服から金色の光を吸い出そうとした。
「その服、本当は気に入っていないんだろう。もっと高い服が欲しいだろう」
みるくは答えかけたが、桃色の袖に小さな縫い目を見つけた。それは店の職人が丁寧に仕上げた跡であり、イルーシャは雨の中を歩いて『照れかわ』を届けてくれた。朝から残したままの卵サンドまで思い出すと、急にお腹が鳴った。
「この服、やっぱりかわいい。しぐさをくれたことも、遊びに来てくれたことも、ちゃんとうれしいよ」
胸から金色の光があふれ、みるくの短剣を包んだ。イルーシャも、泥のついたブーツを見下ろして笑った。
「私も、この靴で一緒に冒険できるのがうれしい!」
二人が同時に斬りつけると、魔物は食べた満足をすべて吐き出し、小さな黒い毛玉になって逃げていった。町へ戻った人々は、剣を磨き直し、料理人に礼を言い、古い家具の傷まで思い出として眺めた。みるくは冷めた卵サンドをイルーシャと半分ずつ食べ、桃色のスカートについたパンくずを払いながら『照れかわ』で写真を撮った。
「次は新しい靴が欲しいな。でも今日は、これで大満足!」
「そのくらいの欲張りなら、魔物にも食べられないね」
二人は顔を見合わせ、夕焼けに染まった広場で何度も照れながら笑った。