照れかわ裁判、開廷なのでしゅ
みるくは朝から姿見の前を離れられなかった。白と薄桃色のフリルドレスに着替え、銀色の髪へ薔薇と大きなリボンを飾ると、覚えたばかりの『照れかわ』を繰り返した。散らかった机には、かじりかけのハニートーストと冷めたミルクティーが置かれ、練習するたびに床の靴下が風圧で少しずつ移動していた。
「頬にお手々を添えて、首をこてん。かわいいは正義なのでしゅ」
「朝から何と戦っているんだ」
窓から顔を出したのは、幼なじみの騎士レオンだった。彼は討伐へ行くための黒い鎧を着ていたが、寝癖だけは兜にも負けず、頭の上で勇ましく跳ねている。みるくは笑いそうになったものの、ここは『照れかわ』の成果を見せる好機だと考え、両手を頬へ添えた。
「みるく、今日の討伐は危険だから留守番を……」
「照れかわっ!」
レオンは胸を押さえ、窓枠へ額をぶつけた。鎧が鍋を落としたような音を立て、庭でパンくずを食べていた鳥まで逃げていった。みるくは勝利を確信したが、レオンは赤くなった額をさすりながら立ち上がった。
「今のは卑怯だ。騎士団の規則で禁止する」
「かわいいを禁止するなんて、悪の騎士なのでしゅ。裁判でしゅ!」
二人は庭の丸テーブルを法廷にして、木べらを裁判官の槌にした。みるくは昨日洗ったまま取り込んでいないタオルを肩へ掛け、裁判長のつもりで胸を張った。レオンには被告人の椅子として、植木鉢を置くための小さな台しか与えなかった。
「被告人は、かわいい乙女を危険な討伐から外そうとしました。何か申し開きは?」
「その乙女は先週、スライムに驚いて俺の背中へ飛び乗った」
「あれは戦術的移動でしゅ」
「三時間降りなかったぞ」
審理の途中で、みるくのお腹が鳴った。二人は休廷し、冷めたハニートーストを半分ずつ食べることになったが、レオンは蜂蜜のついた指で寝癖を直そうとして、髪をさらに固めてしまった。みるくはその頭を見て吹き出し、口に入れていたパンを危うく飛ばしかけた。
「裁判長、笑うのは公平ではありません」
「被告人の頭が、おもしろすぎるのでしゅ」
「では、俺にも反撃する権利をもらおう」
レオンは突然、みるくの両手を取り、自分の頬へ添えた。顔が近づき、蜂蜜の甘い匂いと、鎧を磨いた油の匂いが混ざった。みるくは逃げようとしたが、今度は自分の頬が熱くなり、本物の『照れかわ』になってしまった。
「その顔は、俺以外には見せるな」
「そ、それは命令でしゅか?」
「騎士からのお願いだ」
みるくは目をそらし、首をこてんと傾けた。レオンは再び胸を押さえ、今度こそ植木鉢の台から転げ落ちた。裁判は、被告人が再起不能になったため閉廷した。
「やっぱり、かわいいは正義なのでしゅ!」
「異議あり。俺の心臓には、完全な凶器だ」