三十本のマスカットリップと望郷の花束
ひまりは銀色の鎧の裾を揺らし、旅人バザーの前で財布を両手に抱えていた。朝から何も食べずに買い物を続けたせいで、焼きたてのパンと串焼きの匂いが風に乗るたび、おなかが情けない音を立てる。けれど、スカットの花束を手に入れるには、マスカットリップが三十本必要だった。四本、二本、また二本、次は八本と、安い出品を見つけては買ったため、頭の中の数がだんだん怪しくなっていた。
「二十七、二十八、二十九……あれ、二十九の次は二十九だっけ?」
「三十だよ。冒険より先に算数をやり直したほうがいいんじゃない?」
隣で数えていたプクリポの友達が、蜂蜜を塗った丸パンをかじりながら答えた。ひまりは一口だけもらおうと手を伸ばしたが、友達は素早くパンを背中へ隠す。鎧の下に着た白いブラウスは汗ばんでおり、首元には市場で買った花の青臭い香りが染みついていた。それでも購入履歴をもう一度確かめると、マスカットリップはきちんと三十本あり、使ったお金は十八万五千四百八十ゴールドだった。
「花束ひとつに十八万以上……食堂なら何回おかわりできたかな」
「今さら数えたら負けだよ。それに、花は食べられないからね」
「マスカットって名前なのに?」
「かじるなよ。絶対にかじるなよ」
二人は素材を抱えて交換所へ向かったが、途中でスライムの群れに囲まれた。ひまりが剣を抜こうとすると、抱えていたマスカットリップが床へ散らばり、緑色の花がころころと坂道を転がっていく。慌てて追いかけたひまりの銀靴が一輪を踏みそうになり、友達が腹ばいになって受け止めた。その横をスライムたちは楽しそうに跳ね、戦うどころか花を一列に並べ始めた。
「もしかして手伝ってくれてる?」
「たぶんね。でも一匹、口に入れてるよ」
「こらっ! それ一輪で六千ゴールドくらいするんだから、吐き出して!」
スライムを追い回した末、二人は唾液でぬるぬるになった一輪まで回収した。交換所の係員は眉を寄せたものの、三十本を数えて受け取り、赤いリボンを結んだ大きなスカットの花束を渡してくれた。ひまりは屋敷へ戻ると、岩壁の前に花束を三段に積み上げた。夕食用に買ったアジの開きは紙袋の中ですっかり冷めていたが、白銀の鎧の周りで淡い緑の花がきらきら光るのを見ると、空腹を忘れて頬が緩んだ。
「これが『望郷』かあ。帰りたい場所がある人に似合う花なのかな」
「ひまりの場合、帰りたいのは食堂じゃない?」
「そうだった。撮影が終わったら、ご飯!」
花束の前で胸を張った瞬間、ひまりのおなかが屋敷中に響くほど鳴った。友達は笑いながら丸パンの残りを差し出し、ひまりは半分だけのつもりで全部を口へ入れた。望郷という立派な花言葉より、今の彼女には焼けた小麦と蜂蜜の甘い匂いのほうが、ずっと故郷らしく感じられた。