蒙霧升降――湯けむりの庭で見つけた扉
処暑を待つ朝、みるくは大好きな庭の草むらに座り、膝を抱えて湯けむりを眺めていた。黒と焦げ茶色の冒険服には黄色い蝶の飾りがつき、編み上げブーツの先には朝露で濡れた花びらが一枚くっついている。岩風呂から立ち上る白い湯けむりが、ラベンダーや猫じゃらしの間をゆっくり流れ、庭全体を薄い霧で包んでいた。家のテーブルには食べかけの味噌ラーメンが残っているが、麺は三歩どころか三百歩ぶん伸びているはずだった。
「蒙霧升降。深い霧が立ち込める頃なのラ」
草の奥から小さなくしゃみが聞こえ、みるくは腰を浮かせた。黄色い蝶を追って花の間を進むと、湯けむりの向こうで古びた木の扉が光っている。昨日までは植木鉢が置かれていた場所なので、扉などあるはずがない。みるくが取っ手へ指をかけると、湿った木の匂いに混じって、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
「怪しい扉から、おいしい匂いがします」
「食べ物につられて開けるな!」
背後から庭番の声が飛んできたが、みるくはもう扉を開いていた。向こう側には雲の海に浮かぶ島々があり、細い石橋の先で金色の小鳥がパンの包みをくわえている。小鳥はみるくを見るなり羽を広げ、紫色の霧が渦を巻いた。霧に触れた石橋が端から消え始めたため、みるくは慌てて扇を開いた。
「待ちなさい、私の朝ごはん!」
「目的が変わってるぞ!」
みるくは扇で霧を払い、消えかけた石橋を走った。ブーツの底で小石が跳ね、冷たい風が頬をなで、雲の下から温泉の硫黄に似た匂いが昇ってくる。金色の小鳥へ手を伸ばした瞬間、足元の石が崩れたが、黄色い蝶が集まって光の道を作った。みるくはその道を蹴り、最後の一歩で浮島へ飛び移った。
「捕まえたのラ!」
「パンではなく、こちらをお探しですか?」
振り返った小鳥が人の言葉を話し、包みの中から緑色の種を一粒出した。それは百年に一度、蒙霧升降の朝だけ芽を出し、植えた庭へ新しい冒険の扉を呼ぶ種だった。みるくはパンではなかったことに口をとがらせたが、種から漂う草と雨の匂いを嗅ぐと、大切にポケットへしまった。
扉を戻ると、庭の湯けむりは朝日に照らされ、白い霧のように花々の上を流れていた。みるくは種を大好きな草むらへ植え、冷めて伸びきった味噌ラーメンをすすりながら、次に現れる扉を待つことにした。麺は箸で持ち上げると一本の長い布のようにつながり、庭番は向かいの椅子で腹を抱えている。
「次は、食べ終わってから冒険へ行け」
「分かりました。三歩歩いたら忘れます」
湯けむりの向こうで、植えたばかりの土が小さく動いた。みるくはラーメンの丼を抱えたまま立ち上がり、大好きな庭に始まった次の冒険へ目を輝かせた。