三十八番目の花束と二十一万八百ゴールドの沈黙
みるくは旅人バザーに並ぶスカイブルーカメリアを見つめたまま、しばらく指を動かせなかった。淡い緑色のロングドレスに黒い帽子を合わせ、朝食のハムサンドをくわえた姿で値段を数えると、二本で一万四千ゴールド前後もする。窓から入る朝の風は爽やかだったが、散らかった机の上では財布だけが危険を察したように固く閉じていた。
「さすがレア花というお値段です」
「今日はずいぶん静かだね」
「花束の意味が『沈黙』ですから」
「値段を見て声が出ないだけでしょ」
「それも立派な沈黙です」
それでも、みるくは二本ずつ並んだ花を一組、二組と買い集めた。十四本までそろえたところで、残り十六本のまとまった出品を見つけ、購入ボタンの上へ指を置いたまま深く息を吸った。台所からは焼きすぎた目玉焼きの匂いが流れてきたが、今は黄身の焦げ具合より、十一万二千ゴールドという数字のほうが気になった。
「押します」
「本当に押すの?」
「押さなければ三十本になりません」
「押したら十一万二千ゴールドが消えるよ」
「数えるのは花だけにしてください!」
「さっきから値段を数えていたのは、みるくだよ」
みるくが目を閉じて購入すると、スカイブルーカメリアは三十本になった。二本で一万四千八百ゴールドの一組と、二本で一万四千ゴールドの六組、さらに十六本で十一万二千ゴールドを合わせ、支払った金額は二十一万八百ゴールドである。財布を開いたみるくは中をのぞき、口を半分開けたまま、花束の意味を誰より正確に表現した。
「…………」
「見事な沈黙だね」
「今、心の中で財布へ謝っています」
「返事はあった?」
「財布も沈黙しています」
「似た者同士だね」
三十本を抱えて交換所へ向かう道では、青空から涼しい風が吹き、カメリアの花びらがみるくの頬をくすぐった。水辺を思わせる鮮やかな青からは、雨上がりの庭に似たしっとりした匂いが漂い、通り過ぎる冒険者たちまで足を止める。みるくは高価な花を落とさないよう両腕へ力を入れ、転がってきたリンゴを踏みそうになって、危うく片足で跳ねた。
「今、落としかけましたね?」
「見なかったことにしてください」
「一輪いくらだっけ?」
「その質問には沈黙します!」
「便利な花言葉だね」
交換されたスカイブルーの花束を部屋へ飾ると、空と海を混ぜたような花々が金色の光をまとった。隣のサンゴールドの花束が朝日なら、こちらは晴れた日の水面のようで、木の壁に囲まれた部屋へ涼しい風まで連れてきたように見える。椅子の背には畳み忘れた上着が掛かり、テーブルには冷めた目玉焼きが残っていたが、みるくはそれらも忘れて青い花を眺めた。
「うっとりするほど爽やかです」
「二十一万八百ゴールドの景色だね」
「今は値段を言わないでください」
「これで三十八番目。残りは?」
「五十四種類まで、あと十六種類です」
「また高い花が待っているかも」
「そのときは、みんなで沈黙しましょう」