黒い花束が待つ部屋
にいなの家へ入ったみるくは、黒い革張りのソファを見つけると、白いドレスの裾を両手で整えて腰を下ろした。袖口には細かなレースが重なり、膝まである白い靴下には小さな桃色のリボンがついている。冒険へ出かけるには少し上品すぎる服だったが、今日は魔物よりも手ごわい模様替えを手伝う約束をしていた。
「にいな、このソファはずいぶん立派ね。座ったら動きたくなくなりそう」
「昨日、家具屋で見つけたの。大きすぎて、玄関を通すのに三回も向きを変えたんだから」
部屋の隅には飲みかけのミルクティーと、半分だけ残った苺のタルトが置かれていた。甘い香りに気づいたみるくがそちらへ顔を向けると、にいなは急いで皿を背中に隠した。二人分を買ったのに、待ちきれず自分の分を先に食べてしまったらしい。
「ちゃんと、みるくの分もあります」
「先に食べた人の口元に、苺のクリームがついていますけど」
二人が笑っていると、ソファの後ろで金色の光がまたたいた。そこには黒と白の百合を束ねたコアブラックの花束があり、赤い大きなリボンが結ばれている。黒い花びらは部屋の灯りを吸い込むように艶めき、白い花からは雨上がりの庭に似た涼しい香りが漂っていた。
「こんな花束、さっきまであった?」
「なかったよ。みるくが座ったら、急に現れたの」
花束の奥から、かすかな金属音が聞こえた。みるくが立ち上がって手を伸ばすと、黒い花の間から一枚の小さな鍵が転がり落ち、厚い絨毯の上で止まった。にいなは苺のタルトを持ったまま近づき、鍵についた札を読み上げた。
「地下保管庫……うちに地下なんてあったかしら」
「家主が知らない部屋を、どうして花束が知っているのよ」
二人は壁を調べ、紫色の薔薇が描かれた絵の裏に小さな鍵穴を見つけた。鍵を差し込むと床が低く震え、黒いソファがゆっくり横へ動き始める。その下から狭い階段が現れ、湿った石の匂いと冷たい風が吹き上がってきた。
「ときめくけれど、ちょっと怖いわね」
「大丈夫。先に行っていいよ」
「そこは家主が先でしょう!」
階段の先にあったのは宝物庫ではなく、昔の住人が使っていた小さな菓子工房だった。棚には銀色の型や古い泡立て器が並び、中央の台には魔法で冷やされたチョコレートが残されている。壁の帳面には、コアブラックの花を使った特別なチョコレートの作り方が、丸い文字で書かれていた。
「お宝はゴールドじゃなかったけれど、これはこれで当たりね」
「作ってみようよ。失敗したら、みるくが全部食べてね」
二人は袖をまくり、溶かしたチョコレートを花の形へ流し込んだ。最初の一枚は黒く焦げ、二枚目は型から外れず、三枚目でようやく百合の形をした菓子が完成した。甘い香りが部屋いっぱいに広がるころ、みるくは黒いソファへ座り、焼き損ねたチョコレートまできれいに食べ終えた。
「模様替えに来ただけなのに、秘密の工房まで見つけてしまったわ」
「明日から、ここをお菓子屋さんにしようかな」
コアブラックの花束は二人の背後でキラキラと輝き、完成したチョコレートを照らしていた。みるくは口元についた欠片を指で取り、次に作るお菓子を考えながら白い靴を楽しそうに揺らした。にいなの家には、まだ誰も知らない秘密が隠れているようだった。