大好きな花に埋もれる八十六万ゴールドの夜
みるくは、深いワイン色の薔薇に囲まれた部屋の中央で、しばらく動けなくなった。白いロングスカートには黒と金の縁取りが入り、肩を覆う細かな網模様の衣装は、デビルワインの花束が持つ大人びた色によく似合っている。頭より大きな花束が前にも後ろにも並び、金色の光が絶え間なく瞬いていた。
「大好きなお花に埋もれて、至福のひと時です。もう、ここで暮らしてもいいかしら」
そこへたどり着くまでには、長い買い物の冒険があった。デビルワインの花束との交換には、超レアカラーのワインローズが三十本も必要だったが、旅人バザーには四本、二本、一本と細かな出品しか並んでいない。みるくは一つ買うたびに帳面へ正の字を書き、二十本を超えたところで、何度目かの数え直しを始めた。
「二十二、二十四、二十六……あと四本。ここまで来たら、逃げられないわね」
現実の机には冷めたミルクティーと、開封したままのキャラメルコーンが置かれていた。甘い匂いに誘われて一つつまむつもりが、数を確認している間に三つ、四つと口へ運んでしまう。花を数えていたのか、お菓子を数えていたのか分からなくなり、みるくは指先についた粉をティッシュで拭った。
「キャラメルコーンは数えなくていいの。数えるのはワインローズだけ!」
最後の一本を購入し、三十本分の代金を合計すると、八十六万九百六十四ゴールドになった。みるくは数字を二度見し、麦茶ではなくミルクティーのグラスを慌ててつかんだ。氷はすっかり溶けていたが、冷たさだけは火照った頬にちょうどよかった。
「八十六万九百六十四ゴールド! さすが超レアカラー、お値段も半端ないわ!」
交換されたデビルワインの花束には、紫と赤を混ぜたような深い色の薔薇が何輪も咲いていた。黄色い包みと鮮やかな桃色のリボンが花の暗い色を引き立て、周囲には星のような光が飛び交っている。高額だったことを忘れるほど華やかで、みるくは花束を一つ置くたびに、前や後ろへ走って見え方を確かめた。
「右へもう一つ。左にも欲しいわね。あら、真ん中にわたしが立つ場所がなくなってきたわ」
どうにか一人分の隙間を残し、みるくは花束の間へ滑り込んだ。鼻先まで迫る薔薇は、熟した果実に似た濃い香りを漂わせている。花束に込められた言葉が「色気」だと知り、みるくは背筋を伸ばして大人らしい表情を作った。
「どう? 少しは色気が出たかしら」
数秒後、大きな花束に頭をぶつけてしまい、金色の光の中で慌ててしゃがんだ。優雅な姿を撮るつもりが、完成した写真には驚いて目を丸くしたみるくが写っている。それでも花に埋もれた一枚は楽しそうで、撮り直さずに残すことにした。
「色気より、わくわくが勝ってしまったわね。でも、これがわたしだもの」
デビルワインの花束で、収集は五十四種類中四十八種類目となった。残りは六種類である。みるくは帳面の四十八番へ大きな丸をつけると、八十六万ゴールドの衝撃を忘れたように、次の空欄を指でなぞった。
「あと六種類。高額でも震えない……とは言えないけれど、最後まで集めます!」
ワイン色の薔薇が金色にきらめき、みるくの白い衣装へ淡い紫の影を落とした。財布は軽くなったが、花に囲まれた部屋には歩く隙間もないほどの幸福が詰まっている。みるくは残り六種類との出会いを楽しみにしながら、至福の花束迷宮でもう一枚写真を撮った。