夏の終わりの迷い道
夏の終わりを知らせる虫の音が聞こえる夕方、みるくは白地に星模様を散らしたワンピースと桃色のブーツを身につけ、現在の家の前に立っていた。庭には長い時間をかけて集めた花や家具が並び、窓の向こうでは青い水槽の光が揺れている。みるくが五十四種類もの花束を集め始めたのは、今の家を取り壊し、フラワーショップを標準モデルとするMサイズの家「マガザン[FP]」へ建て替えるためだった。まだ家キットは手に入れていないが、いつかショーウィンドウいっぱいに花束を飾り、活気のある店を開くつもりでいた。
「花束は、あと三種類なのよね」
肩のそばを飛ぶ妖精が、赤い冒険日誌をのぞき込んだ。五十一種類の花束を集めるために使った金額は何百万ゴールドにもなり、帳面には細かな購入記録が何ページも続いている。机には計算に使った紙が散らばり、冷めたミルクティーの隣には、ひと口だけ残ったイチゴジャムパンが置かれていた。ここまで来たのだから完成させたいはずなのに、みるくはマガザンの案内を眺めたまま動かなかった。
「では、残り三種類を集めたら、家キットを手に入れて建て替えるのですね」
「そのつもりだったんだけどねえ」
「だった?」
「今の家を取り壊すには、中の家具を全部整理しないといけないでしょう」
みるくは家の中へ入り、片づける必要のある家具を確かめた。天井からは紫色の藤が垂れ、青い水槽ではクラゲが静かに上下し、巨大な木の周りには小さなランプや猫の置物が並んでいる。奥の部屋には旅先で拾った本が積まれ、棚の上には用途を忘れた壺が七個もあった。収納箱を開けば昔のイベントでもらった飾りが飛び出し、椅子を動かせば乾いたクッキーが一枚、床から発見された。
「これを全部片づけるのですか」
「めんどくさー」
「出たー、みるくのお得意の言葉」
妖精に笑われ、みるくは頬を膨らませた。けれど、面倒なだけではなかった。水槽の前では友達と何度も写真を撮り、藤棚の下では新しい服を見せ合い、大きな木のそばでは季節ごとに家具を入れ替えてきた。花束を飾る新しい店を夢見ていたのに、いざ終わりが見えてくると、この家で過ごした時間まで片づけるような気がした。
「結構この家、気に入ってるのよ」
「では、なぜ何百万ゴールドも使って花束を集めたのですか」
「マガザンを素敵なフラワーショップにしたかったからよ。あのときは本気だったの」
「今は本気ではないのですか」
「今も欲しいわ。でも、この家も壊したくないの。まったく優柔不断よね」
夜になり、みるくは窓辺の椅子へ座った。庭から湿った草の匂いが入り、青い光の中でクラゲがゆっくり泳いでいる。残り三種類をそろえれば花束集めは完成するが、マガザンを手に入れるか、今の家を取り壊すかは、まだ決められない。みるくは固くなったイチゴジャムパンの最後のひと口を食べ、赤い冒険日誌に小さく書き加えた。
「花束集めは続ける。でも、家のことは完成してから考えるわ」
「また先延ばしですね」
「夏の終わりは迷う季節なのですわ。秋になったら、少しくらい働き者になるかもしれません」
「去年の秋も同じことを言っていましたよ」
みるくは聞こえないふりをして、冒険日誌を閉じた。マガザンはまだ手元にないし、今の家も明日すぐ消えるわけではない。窓の外では虫が鳴き、長く過ごした部屋には今日も青い光が満ちている。みるくは残り三種類の花を探す支度だけを整え、建て替えの決断は、もう少し先の迷い道へそっと置いておいた。