第五十二番目の花――あさぎ色の休憩
みるくは白地に星模様を散らしたワンピースを着て、三十本のあさぎガーベラの前に立っていた。爽やかな青い花びらの中心には淡い黄色がのぞき、夏の空を丸く切り取って並べたように見える。十本で三十二万九千九百ゴールド、次の十本が三十二万九千八百ゴールド、最後の十本が三十二万九千二百ゴールドで、合計は九十八万八千九百ゴールドだった。机には赤い冒険日誌と計算紙が散らかり、朝に食べ残した卵サンドの端が少し乾いていた。
「百万円に近いのに、不思議と怒っているようには見えないお花ね」
妖精は花束の上へ降り、青い花びらを両手で撫でた。あさぎガーベラから漂う青葉に似た香りが部屋へ広がると、みるくの肩から余計な力が抜けていった。五十四種類の花束を集める旅は、これで第五十二番目まで来た。残る花束は二種類なのに、完成後に建てるはずだったマガザンのことを考えると、みるくの指は日誌の上で止まった。
「あと二種類ですね。もうすぐフラワーショップの夢が完成します」
「花束は完成するけれど、家を取り壊せるかは別のお話なのよ」
「また考え込んでいるのですか」
「考えているというより、考えないようにお花を見ていますわ」
そのとき、開いた窓から小さな風の精が転がり込んできた。精は遠くの森から飛んできたらしく、羽には枯れ葉が絡まり、息をするたびに体が小さく震えている。みるくは冷めたミルクティーを小皿へ注ぎ、卵サンドから柔らかいパンをちぎって差し出した。風の精はパンを両手で抱えて食べたあと、あさぎガーベラの陰へ潜り込んだ。
「そこなら休んでいいわよ。今日はもう飛ばなくても大丈夫」
「でも、森へ戻る風の道が消えてしまいました」
「道が消えたなら、新しい道を探しましょう。わたしも今、家のことで迷い道の途中ですから」
みるくは花束を窓から廊下へ一つずつ並べ、青い花の道を作った。あさぎ色の光に誘われた風の精が進むと、閉ざされていた扉の隙間から涼しい風が吹き込み、森へ続く小さな通路が現れた。ところが最後の花束を置こうとしたみるくは、床に落ちていた卵サンドのキュウリを踏み、両腕を回しながら尻もちをついた。妖精と風の精は一瞬黙ったあと、同時に笑い出した。
「癒し系のお花の前で、ずいぶん豪快に転びましたね」
「笑うところではありませんわ。キュウリによる不意打ちです!」
風の精は元気を取り戻し、森の匂いを残して通路の向こうへ帰っていった。みるくは床を布で拭き、あさぎの花束を元の場所へ戻してから、赤い日誌の第五十二番目に丸をつけた。マガザンを建てるか、気に入っている今の家を残すか、その答えはまだ出ていない。それでも青い花を見ているうちに、今すぐ決めなくてもよいと思えるようになった。
「残り二種類。まずは花束の旅を最後まで続けましょう」
「家の整理はどうしますか」
「今日は転んだので休みますわ」
「やっぱり、みるくのお得意の先延ばしですね」
みるくは聞こえないふりをして、乾いた卵サンドを口へ入れた。あさぎ色の花々は、そんな優柔不断なみるくまで丸ごと受け入れるように、柔らかな光を放っていた。