ひとりだけ倒れる天地雷鳴士
妖魔将ゲジュラとの戦いを前に、みるくは白と金のドレスの袖をまくり、仲間へ配る強化の順番を頭の中で確かめた。机には冷めた味噌汁と半分だけ残した卵焼きがあり、その隣では書きかけの帳面が湯気の消えた茶碗に押されて曲がっている。味方を強くしてから攻撃すれば安心だと考えたみるくは、扇を握って元気よく立ち上がった。
「最初に強化をたくさん入れるのら。みんなを立派な筋肉仲間にするのら!」
「強化しても筋肉は増えないぞ」と仲間が答えた。
「気分の筋肉は増えるのら!」
戦闘が始まると、みるくは妖魔将ゲジュラよりも仲間の状態を示す印ばかり見ていた。足りない強化を見つけるたびに次の技を選び、扇を振って味方を支えることに夢中になった。その間に仲間たちはゲジュラの動きを見て、危険な攻撃の範囲から素早く離れていった。
「次はこの強化、その次はあれを入れるのら。順番どおりで完璧なのら!」
ところが、みるくが顔を上げたとき、近くにいたはずの仲間は全員遠くへ逃げていた。目の前では妖魔将ゲジュラが大きな体を動かし、今にも強烈な攻撃を放とうとしている。なぜ自分だけ置き去りなのかと考える間もなく、重い衝撃と湿った風が白いドレスを襲った。
「えっ、みんな、どこへ行ったのら!」
次の瞬間、みるくだけが床へ倒れていた。仲間たちは安全な場所からこちらを見ており、誰一人として同じ攻撃を受けていない。冷たい石床へ頬をつけたみるくは、自分の強化は見事に入っているのに、肝心の自分が動けないという妙な結果を眺めた。
「一人だけ死んだのら。みんな薄情なのら!」
「ゲジュラを見て逃げただけだ」
「逃げるなら、ひと言くらい『逃げるのら』と言ってほしいのら!」
蘇生してもらったみるくは、今度こそゲジュラを見ると決めた。しかし仲間の強化が一つ切れると、指はまた反射的に技の一覧へ動き、敵から目が離れそうになる。強化を先に決めて順番どおりに使うのではなく、敵の行動を見てから安全なときに動く必要があるのだと考え、みるくは扇をいったん胸元へ引いた。
「これは後出しじゃんけんなのら。ゲジュラが出してから、こちらの手を決めるのら!」
「それなら絶対に勝てるな」
「戦いでは立派な技術なのら。子どものじゃんけん大会では反則なのら!」
ゲジュラが攻撃の構えを見せると、みるくは仲間と一緒に距離を取った。攻撃が終わってから強化を入れ、再び敵の動きを確認して次の行動を選ぶ。焦げた魔力の匂いが漂う戦場で、みるくは強化の印と敵の姿を交互に見ながら、最後まで立って戦った。
「今度は逃げられたのら! 強化より先に、自分の命を強化したのら!」
戦いを終えて家へ戻ると、味噌汁はすっかり冷え、卵焼きの表面も少し乾いていた。椅子に積んだ洗濯物を横へ寄せ、みるくは味噌汁を温めながら、帳面に「敵の動きを見る」と大きく書いた。仲間を助ける強化も大切だが、自分だけ床へ転がっていては支援を続けられない。温め直した味噌汁をすすったみるくは、曲がった帳面を手のひらで伸ばした。
「先に技を決めない、敵をよく見る、危なければ逃げる。後出しじゃんけんを覚えれば、次は一人だけ寝なくて済むのら」