白銀の歌姫と朝焼けのパンくず
胸の奥がぽかぽかと温かくなって口角が勝手に上がり、みるくは広場の大時計の前でくるりと一回転した。青空の下には色とりどりの旗が揺れ、屋台からは香ばしいバターと焦げた砂糖の甘い匂いが風に乗って漂っている。昨晩ベッドの下に脱ぎっぱなしにした毛糸の靴下のことは綺麗さっぱり忘れ去り、この最高の広場でどんな新曲を披露してやろうかと胸算用を弾ませ、彼女は腰の星飾りを指先で弾いた。
「ねえ見てよ、今日のわたしはアストルティアで一番輝く吟遊詩人じゃない?」
声をかけられた旅の戦士は、片手に持った焼きトウモロコシの粒をつまみながら、みるくの純白のドレスと頭の銀の髪飾りをじっと眺めた。メルヘンチックなレンガ造りの建物にはからくり人形が踊り、石畳の上を散歩する子供たちの笑い声が心地よく響き渡っている。昨日洗ったばかりの白いロングブーツに泥が跳ねないよう爪先立ちをしながら、みるくは相手がどんな賛辞の言葉を返してくるのかと期待に目を細めた。
「確かに衣装は立派だけどさ、さっきからお腹の鳴る音が時計の針の音より大きく響いてるよ」
頬がカッと熱くなって両手でキュッとお腹を押さえつけ、みるくは慌てて周りの観客たちを見回した。石畳の噴水近くでは花壇の甘い百合の香りが立ちのぼり、日差しが彼女の銀糸のスカートをまぶしく照らし出している。朝食の残りの冷めたミルクティーを一気に飲み干しただけで家を飛び出してきた自分の浅はかさを恨みつつ、彼女はプロの歌手としての威厳を保つためにわざとらしくコホンと咳払いをひとつした。
「ば、馬鹿言わないでよ、これは喉を温めるための腹式呼吸の音なんだから!」
喉の奥にぐっと力を込めて背筋を伸ばし、みるくは広場の中央で両手を大きく天へと広げた。周囲の商人や冒険者たちが物珍しそうに足を止め、彼女の美しい立ち姿に視線を集中させて静まり返る。散らかった机の上に置き忘れてきた楽譜のメロディを頭の中で必死に手探りしながら、彼女は透き通るような声を張り上げて高らかに歌い出した。
「いざ聴け我が友よ、朝日に輝くアストルティアの大地を、そして昨日の夕飯に残ったアジの開きの香ばしさを!」
あまりの美声と奇妙な歌詞の落差に喉が引きつりそうになりながらも、みるくはビブラートを利かせて朗々と歌い続けた。広場にいた人々は一瞬ぽかんと口を開けたものの、やがて楽しげなリズムに合わせて一斉に手拍子を打ち始めた。歌うことの楽しさが足の先から全身へ駆け巡るのを実感し、彼女は最後のフレーズを力強く締めくくった。
「片付かない部屋のホコリも、歌声ひとつで風に舞い散るのよ!」
盛大な拍手と歓声が降り注いで胸がいっぱいに満たされ、みるくは得意げに白いフリルの裾をつまんで一礼した。通りすがりのパン屋の主人が笑いながら、焼きたてのふかふかしたメロンパンを差し出してくる。温かいパンの湯気と甘い香りが鼻先をくすぐった瞬間、彼女のお腹はこれ以上ないほど盛大な音でグウと鳴り響いた。
「歌を聴いてくれたお礼に、そのパンを遠慮なくいただくわね!」