夏の終わりの承認欲求
夏の終わりの夜、みるくは赤い上着と白いロングスカートを身につけ、マイタウン「霊の実」の庭に立っていた。湿った草が白い靴を濡らし、大樹の枝では鳴き残った蝉がかすれた声を絞り出している。何万ゴールドも使って並べた白いテーブルには、飲みかけのレモネードとクリームの乾いたケーキが残されていたが、今夜も訪問者の姿はなかった。みるくは買いもの帳を開き、表示された数字を指でなぞった。お買いもの経験値は四千四百七十二、次のランクまで五百二十八だった。
「あと少し買えば、もっと立派なお庭になるのら」
返事の代わりに、木の根元から何かが舌を鳴らした。
みるくは振り返ったが、青い花壇と誰も座らないブランコが揺れているだけだった。けなされることさえない静けさに耐えきれず、彼女は新しい家具を注文し、通知音が鳴るたびに唇をなめた。現実の部屋では、椅子の背に洗濯物が三枚重なり、机の上の冷めた味噌汁には薄い膜が張っていた。それでも画面の庭へ戻れば、誰かが来てくれるかもしれないと思った。
「どうせ誰も見ない。私には、人を呼べるものなんて作れない」
「もっと言って」
背後から聞こえた声は、湿った布を引きずるように低かった。大樹の陰から現れた魔物は、黒い肉の塊に幾つもの耳を生やし、腹いっぱいに「いいね」の印を浮かべていた。承認欲求の魔物は、みるくが胸の内で自分をけなすたびに、その言葉を食べて膨らんでいた。
「誰にも必要とされない」
「うまい。もっとだ」
「私が書いたものも、飾った庭も、誰も見てくれない」
魔物の腹が大樹より大きく膨れ、甘く腐った果物の臭いが庭を覆った。枝の隙間から黒い霧が流れ出し、住宅村を越え、港町や王都の空まで広がっていく。霧に触れた冒険者たちは足を止め、「自分なんて弱い」「誰も分かってくれない」と口々につぶやき始めた。その声を吸うたびに、魔物の耳が新しく生えた。
「おまえが私を育てた。さあ、最後の言葉をくれ」
みるくは震える手で、ぬるくなったレモネードを飲んだ。酸味と苦みが舌に残り、昔、失敗したケーキを友達が笑いながら食べてくれた日のことを思い出した。身体は食べたもので作られ、心は聞いた言葉と読んだ言葉で作られ、未来は話した言葉と書いた言葉で作られる。ならば、この魔物へ渡す餌も自分で選べるはずだった。
「私は今日も作った。誰も来なくても、この庭を好きだと言っていい」
魔物の腹に亀裂が走った。
「やめろ。そんな言葉はまずい」
「白いテーブルも、青い花も、自分で選んだのら。明日も続きを作るのら」
魔物は無数の耳を押さえて縮み、最後には黒い種となって草の上へ落ちた。アストルティアを覆っていた霧は消えたが、みるくは種を捨てず、小さな空き瓶へ封じた。翌朝、庭の入口には誰かの足跡が一つだけ残っていた。その横で瓶の中の種が口を開き、みるくにしか聞こえない声で囁いた。
「その足跡、本当に人間のものだと思う?」