置けもしないのに買った私がバカでした
みるくは、オレンジ色のチュニックに茶色い革帽子と編み上げブーツを合わせ、住宅展示場の白い門をくぐった。自分のマイタウンでは庭具の設置数が上限に達し、花壇を一つ置くにも街灯を片づけなければならないため、何かがおかしいのは自分のやり方なのだと思っていた。見学前に食べた焼きたてのアップルパイの甘い匂いが手袋に残っており、みるくは指先を鼻へ近づけながら、案内係のプクリポに声をかけた。
「プロのお仕事を見れば、少ない庭具できれいに見せる方法が分かりますよね」
「ええ、建物と景色の使い方も参考になりますよ」
「よかった。わたしの町なんて、ベンチを置く場所を作るために植木鉢を三つ倉庫へ戻したんです」
ところが、建築予定地へ続く石畳を進んでも、左右には花も噴水も見当たらなかった。広い芝生の上を乾いた風が通り抜け、聞こえるのはブーツの底が小石を踏む音だけで、庭の端には建築資材らしい木箱が二つ置かれているだけだった。みるくは自宅の庭へ並べた五十四種類の花束や、買ったばかりの白いガゼボを思い浮かべ、帽子のつばを持ち上げた。
「庭具は、これから置くんですか」
「いいえ、この区画は建物の外観を見せる展示ですから、庭は広く空けてあります」
「空けてある……わざと?」
「全部を飾ると、建物が見えにくくなりますので」
みるくは返事をしないまま館内へ入り、磨かれた床を二階まで上がった。深い青緑色の壁には金色の照明がついていたが、大部屋の中央には椅子もテーブルもなく、窓から差す光の中を小さな埃が泳いでいた。朝から持ち歩いてぬるくなったミルクティーを鞄から出すと、案内係が紙袋に入れた塩せんべいを差し出した。
「二階も、これで完成なんですか」
「内装材を見てもらう場所なので、家具は控えめにしています」
「わたしは本棚を置いて、本を並べて、その前に読書用の椅子と丸机を置いて、足元に猫のぬいぐるみまで置きました」
「ずいぶん暮らしやすそうですね」
「そのせいで、一階の台所に皿を置けなくなりましたけどね」
最後に屋上へ出ると、白い床と手すりのほかには何一つなかった。風が灰色の髪を頬へ貼りつかせ、遠くの緑の山から鳥の声が聞こえたが、日よけのパラソルも飲み物を置く卓もない。みるくは広すぎる屋上の真ん中に立ち、自分ならここへ露天風呂と鉢植えと焼肉卓を置き、隅には洗った靴下を干す物干し台まで作るだろうと考えた。
「屋上まで空っぽなのら」
「眺望を楽しんでいただくためです」
「そういうことなのね。プロは置かないことで完成させるんだ」
「みるくさんのお宅は、置くことで完成させるのでしょう?」
「置けもしないのに買った私がバカでした」
口ではそう言ったものの、帰り道で住宅商の前を通ると、新作のティーセットが日差しを受けてきらりと光った。みるくの鞄には見学用の帳面、食べかけの塩せんべい、家具屋の古い値札が何枚も入り、歩くたびに紙がかさかさ鳴っていた。何も置かない屋上の美しさは理解できたが、空いた場所を見ると何かを置きたくなる癖までは、住宅展示場でも直してくれなかった。
「このティーセット、一つください」
「置く場所はございますか」
「ありません。でも、倉庫ならまだ一枠あります」
「それは置く場所とは申しませんよ」
「帰ったら考えるのら。たぶん、何か一つ片づければ置けます」
包みを抱えてマイタウンへ戻ると、花と街灯とベンチで埋まった庭から、噴水の水音と焼き魚の匂いが迎えてくれた。屋上まで空っぽだった展示場より、歩けば植木鉢につまずき、椅子へ座れば隣のぬいぐるみと肩がぶつかる自分の町のほうが、みるくにはよほど落ち着いた。彼女はティーセットを抱えたまま庭を一周し、片づけられる物が一つもないことを確かめると、倉庫の扉を開いた。
「やっぱり設置数が足りないのら。みるくのやり方がおかしいんじゃなくて、暮らしを詰め込みすぎているだけなのら」
「それを普通は、やり方がおかしいと言うんですよ」
「聞こえないのら。明日は別の展示場へ行って、置き方を勉強するのら」