スタージョンムーンと蒼い遺跡
八月二十八日の夜、みるくは白銀の法衣に黒い手袋を合わせ、月明かりに沈む古代遺跡へ向かった。午後一時十九分に満月を迎えた月は、日が暮れてからも磨きたての金貨のように輝き、巨大な石柱の彫刻を青白く浮かび上がらせていた。出発前に食べたアジの開きの塩気がまだ唇に残り、背負い袋の中では、竹の皮に包んだ梅干しのおにぎりと水筒が歩くたびにぶつかっている。今夜なら、月に一度だけ現れるという「星魚の泉」への道を見つけられるかもしれないと考え、みるくは帽子の先を直した。
「お月さま、大きいのら。落ちてきたら、両手で受け止められるかな」
「その前に、みるくがぺちゃんこになるぞ」
石柱の陰から現れた旅仲間のラウルは、焦げ茶色の革鎧を着て、焼きとうもろこしをかじっていた。醤油の焦げた匂いが夜風に混じり、遺跡らしい緊張感が少し薄れたため、みるくは鼻を鳴らしながら一粒だけ分けてもらった。すると満月の光を浴びた床の紋様が緑色に輝き、チョウザメに似た巨大な魚の絵が、石の上を泳ぐように動き始めた。
「これがスタージョンムーンの扉なのら?」
「たぶんな。でも、魚の目がこっちを見ている」
二人が後ずさると、石床を割って月鱗のチョウザメが飛び出し、濡れた尾でラウルを柱まで弾き飛ばした。みるくの白い法衣にも泥水が跳ね、昨夜きれいに洗って椅子の背へ干しておいた袖が茶色い斑点だらけになった。帰ったら洗濯桶へぬるま湯を張らなければならないと思ったものの、怪物の腹に埋まった青い宝珠が泉への鍵だと気づき、杖を両手で握り直した。
「法衣の染み代も一緒に払ってもらうのら!」
「魚に請求書を出すのは、倒してからにしてくれ!」
みるくが放った光の呪文は宝珠を正確に打ち抜き、怪物の巨体を無数の水滴へ変えた。冷たいしぶきには湖の藻と土の匂いがあり、舌に触れた一滴は意外にも澄んだ水の味がした。砕けた床の下から階段が現れ、その先では星を映した泉が静かに揺れていたが、みるくは駆け出さず、潰れた梅干しのおにぎりを半分に割ってラウルへ渡した。
「これまで頑張ってきた人は、満月の夜に願いが実るんだって」
「だったら、まず無事に帰れるよう願おう。明日の朝飯も残してあるんだろ?」
二人は冷えたおにぎりを頬張りながら泉の縁へ腰を下ろし、頭上の満月と水面の満月を交互に眺めた。虫の声と衣擦れの音しか聞こえない遺跡で、みるくは何度も開きかけた願い事の画面を閉じ、代わりに冒険日誌の写真機を取り出した。特別な宝物を独り占めするより、泥だらけの法衣と、とうもろこしの粒を歯につけた仲間と、この夜を残しておきたいと思った。
「撮るのら。月も泉もラウルも、全部入ってね」
「待て、せめて歯を確認させろ!」
満月を背負った二人の笑い声が石柱の間を走り抜けると、星魚の泉から銀色の魚たちが一斉に跳ね上がった。