日替わり討伐を休んだ勇者
朝から何度も冒険者の書を開いたのに、みるくは日替わり討伐へ出発できなかった。金糸の刺繍が入った白いローブに着替え、黒いズボンの裾まできちんと長靴へ入れたのだが、花屋のように改装した家の中央で立ち尽くしていた。左右の棚には赤、青、黄色、桃色の花束がぎっしり並び、甘い香りが鼻をくすぐるたびに、どの花を庭へ植えようかと目移りしてしまう。朝食に焼いたトーストは机の上で冷え、塗りかけの苺ジャムにはパンくずが三つ沈んでいた。
「まず討伐。それが終わったら畑へ水をやるのら」
みるくは自分に命令し、玄関へ三歩進んだ。しかし、右側の棚で斜めになっている黄色い花束を見つけ、放っておけば夜まで気になると思って直しに戻った。今度こそ出かけようとすると、青い花の列に赤い花が一本だけ紛れ込んでいる。一本だけなら見なかったことにしてもよさそうだが、みるくの指は勝手に動き、赤い花を元の棚へ戻していた。
「これで完璧なのら」
「さっきも同じことを言っていましたよ」
背後から声をかけたのは、畑の様子を見に来たプクリポの友人だった。彼は紙袋から焼きたてのアップルパイを取り出し、さくりと割って湯気を逃がした。甘酸っぱい林檎と焦がしバターの匂いが広がると、みるくの腹が討伐隊の太鼓より大きく鳴った。
「腹ごしらえをしてから戦えばいいのら」
「その言葉、昼にも聞きました」
窓の外では、庭の花が乾いた風に揺れていた。畑の土は白っぽくなり、つぼみをつけた作物がじっと水を待っているように見える。みるくはアップルパイを半分だけ食べるつもりだったが、気づけば皿に残っているのは薄い皮の欠片だけだった。指についた砂糖を舐め、今度こそ畑へ向かおうと立ち上がったところで、郵便箱から手紙の届く音がした。
「討伐隊から催促かもしれないのら!」
「日替わり討伐に催促状は来ませんよ」
手紙は家具屋の新作案内だった。新しい花瓶の絵を眺めているうちに日が傾き、木造の天井が夕焼け色に染まった。外から土と葉の匂いが流れ込んできたが、畑へ走るには遅く、討伐対象の魔物も今ごろ夕飯を食べている時間だった。みるくは椅子へ腰を下ろし、脱いだ長靴を左右きれいに揃えた。
「今日は何ひとつ冒険できなかったのら」
「花束を八回並べ直して、アップルパイを一個討伐しました」
「畑は?」
「明日のみるくに託しましょう」
みるくは残っていた冷たい紅茶を飲み、渋さに片目をつぶった。日替わり討伐も畑の世話もできなかったが、花の棚は朝より美しく、床には落ちた花びら一枚ない。窓の外で月が丸く光ると、みるくは椅子の背へローブを掛け、寝間着代わりの水色のワンピースへ着替えた。
「まあ、こんな日もありますよね」
「あります。けれど明日は、アップルパイを食べる前に水やりですよ」
「それは難易度の高い冒険なのら」