実るほど首の垂れる稲穂かな ―みるくの冒険日誌―
胸の奥がじんわりと温かくなり、頬が自然と緩んでいく。見上げる空は抜けるように青く澄み渡り、カミハルムイの庭先には小さな提灯のような朱色のホオズキが鈴なりに揺れ、風に乗って爽やかな青葉の甘い香りが漂ってくる。深いワインレッドの地に金の華文が散る艶やかな羽織の袂をぎゅっと握りしめ、頭にちょこんと生えた赤と黒の狐耳飾りがずれていないか指先で確かめながら、ぽかぽか陽気の芝生の上に体育座りでぺたんと腰を下ろす。
「ふふ、今日は最高のお散歩日和だね」
朝からお腹の虫がぎゅるると情けない音を立てて鳴き、足取りも少しふらついて力が入らない。居間の丸いちゃぶ台の上には、今朝焼きすぎて皮が真っ黒に焦げついたアジの開きがそのまま残っており、冷めた味噌汁の表面には白っぽく乾いた薄い膜が張ったまま放置してあった。縁側に脱ぎ捨ててきた片方だけの足袋のことも頭をよぎるが、まずは美味しいものを食べて気力を満たさなければ一歩も動けないと腕組みをする。
「お腹がペコペコじゃ、どんなに弱いスライムだって手こずっちゃうもんね」
庭の中央にそびえる木に視線を上げると、両手でも余るほど丸々と実った林檎が重そうに枝をしならせており、思わずごくりと唾を飲み込む。昨晩めくった革表紙の冒険帳の端っこに、インクの染みと剥ぎ損ねた焼き芋の皮がこびりついていたっけとくだらない思い出が浮かびつつ、えいやと立ち上がって一番丸い林檎へ手を伸ばす。地面を蹴って背伸びを繰り返したが、エンジ色の袖口がばさばさと空を切るばかりで実はかすりもせず、青草の上へ尻もちをつく。
「うーん、あと指一本のところで届かないや!」
ふいに頭の上から小さな実がぽとりと転がり落ちてきて、前髪の上をかすめて膝の間に落ちた瞬間、目をぱちくりと丸くする。梢を揺らす風がさわさわと通り抜けていき、足元には秋の訪れを告げる紫色のリンドウの花が、静かに露を宿して頭を垂れていた。どっしりと実を蓄えて深くしなる枝も、まるで謙虚に頭を下げて挨拶しているように見え、いつかお師匠様が囲炉裏端で語ってくれた古い言葉の重みが、ようやく腑に落ちてくる。
「そっか、実るほど首の垂れる稲穂かな、ってこういうことなんだね」
拾い上げた林檎を両手で包み込んで鼻を近づけると、陽だまりの暖かさとみずみずしい果汁の香りが鼻腔をくすぐり、こらえきれずに満面の笑みがこぼれる。芝生の葉をぱっぱと払って立ち上がり、遠くの並木道に向かって冷たい秋の空気を胸いっぱいに吸い込む。ボルドーの羽織の裾をくるりと整え、この甘い実をぱくりと平らげたら、今度こそ落陽の草原へ腕試しに行こうと決めて元気いっぱいに踏み出す。
「よし、美味しいご馳走も手に入ったし、今日も元気に出発進行!」