みるくの冒険日誌 廃課金婆と五万五千円の宝箱
九月十八日の朝、みるくは薄桃色のパジャマのまま、冒険者の広場を開いた。窓際では赤い彼岸花が一本だけ首を傾け、机には昨日飲み残した麦茶と、醤油の染みがついた青いがま口が置かれている。クリスタの履歴を上から下まで足してみると、四月からの合計は五万五千円だった。
「ひー。半年で五万五千円。私、DQ10廃課金婆になっちゃうよ」
みるくは椅子から立ち上がり、怒った勢いで青いがま口を引き出しへ放り込んだ。運営が知らないうちに料金を増やしたのだと思い、問い合わせ画面まで開いたところで、六月に買った花束、八月に買った赤いドレス、昨日買った庭具のキノコを思い出す。どれも自分で購入ボタンを押しており、運営には何の罪もなかった。
「でも、キノコは夜に光るんだよ。あれは必要経費でしょう」
隣で昼寝をしていた息子が、タオルケットから片目だけ出した。
「ゲームの庭で光って、何の役に立つの」
「帰宅したときに、みるくを迎えてくれるの。現実の庭には彼岸花しか咲いてないし」
「彼岸花に謝ったほうがいいよ」
昼になると、みるくは冷やしうどんへ白髪ねぎ、かつお節、青さを載せた。赤いパプリカを油でさっと炒めるつもりだったが、履歴に気を取られて片面を黒くした。焦げた部分を裏返して隠し、すりおろした林檎を入れたつゆをかけると、台所には醤油と甘い果汁の匂いが広がった。
「お昼、うどんでいい?」
「パプリカ、焦げてない?」
「これは冒険者仕様。炎耐性がついてるの」
「課金しても料理の腕は上がらないんだね」
食後、みるくはもう課金しないと宣言し、残っていたクリスタを確かめた。ところが夕方、新作のふわふわした羊のポンチョが発売され、白い耳と丸い尻尾を見た瞬間、右手が購入ボタンへ伸びた。みるくは三秒迷ってから画面を閉じ、引き出しの青いがま口を取り出した。
「欲しい物が出たら、まずこのがま口へ同じ金額を入れる。三日たっても欲しかったら、そのとき考える」
「そのがま口、穴が開いてるよ」
「えっ」
底から百円玉が一枚落ち、畳の縁を越えて箪笥の下へ転がった。みるくは腹ばいになって手を伸ばしたが届かず、赤いドレス姿の自分のキャラクターが、画面の中から黙って見下ろしている。次の冒険は魔王退治ではなく、箪笥の下へ消えた百円玉の救出から始まることになった。