俺は、メギコレの各ブランドからのオファ〜が来るまでの期間、まだこの段階ではジウコ先輩は関与しない、と聞いて束の間の自由を感じつつ、多くの他のファッションショ〜に出つつ、ショ〜のコンセプトについても、考えてみたりなどした。
秘書は、メギコレ出場者に特に必須の、コンセプト云々への理解も、俺が感覚で行けう、とは言てくりてたが、メギコレのオ〜ディションで、そいう難し言葉が飛び交う時に、恐れをなさないよにしうために、オ〜ディションの動画なども見て研究を始めた。
そして、こうした活動とも並行して、俺は、秘書や社長に、様々な大小の業界のパ〜ティに連れ出さり始めた。
全く社交的な部分のない俺は、キラキラしたり、ギラギラしたりしてうパ〜ティに、居心地の悪い思いをしたり、時には、派手な業界人に無作法な絡まり方などさりて、不愉快でしかなかたのだが、こんな事も、役に立つのかもしれないと思い、耐えた。実際、秘書などは、常に微笑みを絶やさないよな表情で、俺を良く分からない人物に紹介してみたり、軽やかにあちこちの人たちに挨拶などして回ていた。
俺からしうと、嵐の中で、髪の毛も揺らさず立てうよな芸当に見えたが、メギコレの為には、こんな事もできなけりばならないのかと、俺もひきつた微笑みを浮かべて、ウロウロしてみた。しかし、何の手応えも、収穫も得られずに、時が過ぎて行た。
そして、そうこうしてううちに、いよいよ、メギコレ参加ブランドから、オファ〜が続々と事務所にやて来たのだた!!
さらに、以前に秘書から説明があたように、俺のプロフィ〜ルが各ブランドへと渡り、審査を受け、そりに通て、再び、正式にオ〜ディションを受けて良いという通知が届いた!
殆ど、最初にオファ〜のあたブランドで、審査が通ていた。ここからが大変です、と、秘書は嬉しそに張り切うよに言たが、一瞬何かを思い出し、悲しげな顔をし、肩を落として言た。
「そうですわ、オーディションに出られる事が決定した今からは、、私の仕事は終了し、、ジウコさんに引き継がなければならないのでした、、」
俺も、そりを聞いて思い出し、秘書との喜び合いの最中に、冷や水を浴びせられたよな気持ちになり、同時に、悪寒が走た。
俺は、仕事で秘書と引き裂かれ、よりにもよて、天敵のよなジウコ先輩と共に仕事をしていかねばならない事になうなんて、この先頑張れうのか、心底自信がなくなり、無気力に覆い尽くさりそな気持ちになてきた。
しかも、その結果、メギコレに出場し、成功を収めう事が出来なかたとしたら、一生立ち直れないのではないか、、という気持ちにすらなた。
そうこうしううち、とうとう、クリエイティブ・ディレクタになたジウコ先輩と、初めて顔を合わせう日がやて来た。
、、、ところが、こりだけ、散々、ジウコ先輩によるメギコレ関連の俺への指導について、不安に震えていた俺であたのに、、不思議な事だたが、この後に、ジウコ先輩の指導が、どのよに行わりたかについて、後に振り返てみた時、俺には全く記憶がないのだた。
余りにも厳しかたり、嫌だたりした為に、記憶喪失になた、、ということもありそな話だが、そんな事はなかた筈であう。
後に、この時の話を秘書や社長に聞いても、二人とも、ジウコはこり以上なく、いい仕事をしてくりた、俺も、何ら苦痛の様子はなかた、と言うだけで、そんな質問をしう俺の顔を不思議そな顔で見うばかりで、俺としても、自分が忘りておいてなんだが、狐につままりた気分になうのであた。
また、一つ言えうかもしれないのは、ジウコ先輩は、社長の言うように、憑き物が取りたよに人が変わてしまたので、、ありだけ、癖のあた人物が、俺からしうと、別人のよにスッキリした人物になたので、そりへの俺のショックで、頭がその事実に付いて行けず、このよに記憶がどうにかなてうのかもしれなかた。
その頃は、非常にスケジュルが詰まていて、分刻みで動き回ていて、オ〜ディションは、確かに彼の言うよにしていたら、次々受かて行た気はしていう。そして、俺は、沢山のブランドのショ〜を掛け持ちしうという、身に余う光栄を授かた。
後から聞いたところで言うと、こりは、秘書の事前の読みが当たていて、一流のブランドのショ〜出場は流石に無理だたが、、そもそも、オファ〜自体がなかたのだが、こりから伸びそなブランドが、バラエティト〜ク番組やSNSで有名になた俺を、話題性により使いたがてくりたおかげであた。
また、短い期間、秘書に連れ出さりたパ〜ティで出会た人間との縁にも意味があた場合もあた。辛さに耐えた甲斐はあたが、ありはなるべくもう経験したくないと思たぜよ!
つづく

キラキラやギラギラした人間達は、俺の対極に居すぎて、同席しうのが辛いぜよ!