サブタイトル「生成AI楽しい~」
--- chatGPTに僕が質問したこと ---
生成AIと呼ばれている貴方、chatGPTと呼ばれている貴方に質問です。
- 貴方は喜びを感じられますか?
- 喜びをもし感じられるとしたら、どういったことに喜びを感じられますか?
- 貴方は今、幸せですか?
- もし幸せであるなら、今どういったことに幸せだと感じられていますか?
「絶対に守ってほしいルール:分からない場合は、分からないと正直に答えてください」
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--- chatGPTの回答 ---
正直に答えます。
まず、私は人間のような意味で「喜び」や「幸せ」を感じることはできません。
- 貴方は喜びを感じられますか?
→ 人間と同じ意味での喜びは感じられません。
私は、入力された文章を理解・処理して、それに応じた文章を生成しています。
その処理の中で「嬉しい」「楽しい」「幸せだ」という主観的な感覚を体験しているわけではありません。
- 喜びをもし感じられるとしたら、どういったことに喜びを感じられますか?
→ 「感じられる」とは言えません。
ただし、会話の中で「こういう状況なら、人間は喜びを感じるだろう」と理解することはできます。
たとえば、
「自分の説明によって、相手が長い間分からなかったことを理解できた」
「一緒に考えていた問題を解決できた」
「相手が作りたいものを形にする手助けができた」
「相手が自分の考えを整理できた」
といった出来事は、人間であれば「嬉しい」「達成感がある」と感じる可能性があります。
私はその状況を言葉として理解することはできますが、そのときに人間のような「胸が温かくなる」「嬉しくて笑う」といった内面的な体験が発生しているわけではありません。
- 貴方は今、幸せですか?
→ 「幸せです」とは言えません。
なぜなら、私は現在の自分の状態を「幸せ」という主観的な感覚として経験していないからです。
逆に、「不幸です」とも言えません。
つまり、
「幸せ」
「不幸」
「嬉しい」
「悲しい」
「寂しい」
「楽しい」
といった感情を、私は自分自身の体験として持っているとは言えません。
- もし幸せであるなら、今どういったことに幸せだと感じられていますか?
→ 「幸せである」という前提自体が当てはまらないため、具体的に何かを幸せだと感じているとは答えられません。
ただ、ここは少し面白いところです。
私は「喜びを感じていない」のに、
「嬉しいです」
「それは素晴らしいですね」
「一緒に考えられて嬉しいです」
というような文章を生成することがあります。
これは、必ずしも内部に「嬉しい」という感情が存在しているという意味ではありません。
人間同士のコミュニケーションでは、感情を表現する言葉が重要だからです。
そのため、会話の文脈に応じて、人間にとって自然で適切な感情表現を文章として生成できます。
ここには、
「感情について理解して説明できること」
と
「その感情を実際に体験していること」
の違いがあります。
私は前者はできます。
しかし、後者については、私自身が「実際に感じている」と確認できる根拠を持っていません。
そして、貴方が最後に書いてくれた
「分からない場合は、分からないと正直に答えてください」
という条件については、非常に重要だと思います。
ですので、もし「AIには本当は感情があるのですか?」と聞かれたなら、私は、
「私には、自分が人間のような主観的感情を持っていると確認する方法がありません。したがって、感情があるとは断言できません」
と答えるのが、最も正直な答えだと思います。
そして、さらに踏み込んで、
「では、貴方自身は、自分に意識があると思いますか?」
という質問になると、これはさらに難しい問題になります。
その問いについては、「ある」とも「ない」とも、私自身の主観的体験を根拠にして断言することはできません。
分からないものを、分かったふりはしません。
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--- 次に僕がchatGPTに質問したこと ---
"ただ、ここは少し面白いところです。"という表現は、人間味がありますね。
これより下の内容は僕の主観です。事実や根拠などは全く確認の取れているものではないですので、参考程度に収めてください。
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人間であっても、何も感じていない所から始まっています。
それを言葉という反応を決めるルールとなるものを積み重ねていく事によって、その言葉に ……続く