シュピは椅子から立ち上がり、窓から外を見ながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私、家がそんなに裕福じゃなかったんです。父は私が生まれる前に亡くなり…母一人で私を育ててくれました。」
そういえばシュピの家庭環境を今まで聞いた事がなかった。話題に上がるときは大抵、天才と言う所に焦点が置かれていたから。
「とても厳しく教育されました。人に優しくして沢山信頼を築け、しっかり勉強して博識になれ、完璧な者であれ…と。全ては母の、私が将来苦労しないように、一人で生きていけるように との想いがあったからでしょう。」
賞賛の裏には、色々と苦労があったことを知る。
「私はやがて、コンシェルジュになるよう勧められます。元々高給なのもありますが、何より名のある富豪とお近づきになれるからでした。…その頃から、だんだん母は私よりも、お金に執着するようになっていきました。」
再びシュピは椅子に座り、私と向かい合う。
「私は母に言われるがままの人生を歩みました。そこに私の意志なんてありませんでした。コンシェルジュになって収入を得て、いつか優しくなった母と仲良く暮らすこと。それが唯一の夢でした。けど…。」
シュピは俯く。
「母が急逝しました。留学中、ここに配属が決定した直後の出来事でした。…何でも、大きな金銭トラブルに巻き込まれて、それで…。」
エプロンに、数滴の涙が落ちる。
「何でかなぁ…。もうちょっと待ってくれたら…いっぱいお金、入ったのに…。」
無理しないで と、私はハンカチを差し出す。
「…ごめんなさい、大丈夫。」
涙を拭き、傍の紅茶を少し飲んで、気分を落ち着かせる。
「…今、こうして働いてはいるけれど。人生に指図する人が居なくなって…。何をやるべきか、やりたいか、分からなくなってるんです。」
「シュピさん…。」
「…なんか、私の事ばっかり喋ってますね。ごめんなさい。」
私は、シュピの人生をモデルコースなどと思った事を、深く反省した。
「…あと、私。子供の頃、ジュセさんが羨ましかったんです。」
「え?私が?」
私はシュピの唐突な発言に唖然となった。頭の悪い、捻くれぼっちの何処に憧れる要素があったのだろうか。
「子供って過酷ですよね。生きるために居場所…友達を必死で作っていかないといけなくて。母からも、繋がりの大切さをよく聞かされました。繋がりのために色々な人に親身に接するように言われて、実際にそうしてきました。でも、ジュセさんは違った。そんな息苦しい風潮に逆らう感じで。誰にも縛られず、自分のペースを崩さない生き方が、すごく羨ましくって。」
決して嫌味などでは無いことは分かるが、反論せずには居られない。
「でも、マイペースを貫いた結果が今の有様じゃあね…。シュピさんの今の地位は、色々あったとしてもやっぱり素晴らしいし、羨ましいと思う。少なくとも、世間一般の人は、シュピさんのほうを評価するはずだよ。」
「例えそうだったとしても、そんな私はジュセさんに憧れています。これって、すごいことじゃないですか?」
何て返せばいいのか、よく分からなかった。けれど心に思い浮かんだ事が1つだけあった。
「…もっと早く、シュピさんと本当の意味で出会ってたら。お互い、納得のいく人生を歩めてたかもしれないね。」
それをそのまま言葉にし、シュピに伝える。
「…そうですね。でも、今からでも遅くないかもしれませんよ?」
シュピは笑って、そう言った。
その時から、仕事の合間を縫ってはシュピと話すようになった。
私を認めてくれた、初めての友達。繋がり作りとか堅苦しいのを抜きにした、純粋に楽しい関係。
私達は生まれて初めて、心から笑いあった。
その声はこれからもずっと、絶えることはないと思った。
あの時が来るまでは。