―ドンドンドン。
夕方。けたたましいノックの音が鳴り響いた。
「来た…!」
私はシュピに無言でうなずき、じっとしているよう促すと、そうっと玄関ドアへと近づいて様子をうかがう。
「ジュセ!居るのは分かってるんだから!出てきなさい!」
懐かしい大声。びくっとなり、少し後ずさりする。
実の娘だというのに、まるで立てこもりの犯人扱いだ。
一瞬、居留守を決め込む事も考えたが、エルトナ大陸のこんな森の奥まで来させて(勝手に来られただけだが)そのまま返すわけにもいかなかった。
私は観念してドアを開けた。
懐かしい顔がそこにあった。
私より少し背が小さくて小太り。小太りといっても、以前と比べると少しやつれた感じがした。
元々の点目は怒りのせいか、ややつりあがって見えた。
しかし無言で対峙するうちに、再び点へ。そして点からたれ目へと変化していった。
「ああ…。本当にジュセなのね…。」
お母さんは涙をほろりと流し、存在を確かめるように私に抱き着いた。
「どこにいってたの…もう。勝手な事ばかりして…。」
正直、怒鳴られてひっぱたかれるかと思い、ずっと歯を食いしばっていた。
だが、この状態だ。怒りよりも、私に再会できた喜びのほうが大きかったのだろう。
泣くお母さんを見ているうちに、私はようやく、どれだけ酷い事をしてしまったのかを自覚し、とても申し訳ない気持ちになった。
「…ごめんね。」
私は、ぎゅっとお母さんの体を抱きしめ返した。
「あ、あのー。」
ふと、置いてきぼりにしてしまっていたシュピの声が聞こえる。
「…とりあえず、お茶いれるねー!」
シュピは笑顔でそう言うと、キッチンに立ちお茶を沸かす。
私も気を取り直し、お母さんの肩を持って椅子へと座らせた。
やはり、お母さんは討伐隊の情報をもとに私にたどり着いたようだった。
はじめはジュレットの屋敷に問い合わせたみたいだが、私の事などしらないと一点張りだったらしい。
恐らく、あの富豪の指示だろう。まったく彼らしい。
私はお母さんの情報と食い違いが出ないように、これまでの経緯を部分的にぼかしながら説明した。
「ジュレットに居ると思ったらまさかこんな所に居ただなんて…。お母さん、もう訳が分からない。」
お母さんはテーブルに肘をついて、頭を抱え込む。
「…それで、その子は?」
私の隣に座るシュピを訝しげに見つめる。
「私はねー、シ…」「こっ、この子はシーって言って。」
慌ててシュピの口を塞ぎ、私に合わせるよう目配せをする。
「…冒険者の酒場で知り合ったの。お互い気が合って、すぐに仲良くなって…。今はこうやって、一緒にルームシェアしてるんだ。」
「ルームシェア…ねぇ。でも、何もこんな森の奥でやらなくっても。」
「そうなんだけど、なかなか安い所が無くって。」
それっぽい理由を重ねて、お母さんを納得させていく。
完全とはいかないものの、なんとなく状況は呑み込んでもらえたようだ。
「…なるほどねぇ。シーさん…ですか。娘がお世話になってます。」
「うんうんー、いっぱいしてるよー。この前なんかねー…。」
合わせるように言ったものの、その範疇の中で好き勝手言ってくれるシュピ。
「それにしても…あなた。どこかで見たような気がするんだけど…。」
「ま、まぁプクリポだし。皆同じような顔に見えるものだよ。」
私は慌てて誤魔化す。長年見ていないとはいえ、お母さんもシュピの事は知っている。
子供の頃は、優秀なシュピを見習いなさいと何度も言われた程であったから。
「…それもそうね。ごめんなさい。」
お母さんは手元の紅茶をすする。
「げほっ!げほっ!」
「だ、大丈夫?」
むせるお母さんを介抱する。
「な、何…この紅茶!」
「紅茶?」
私も少しだけ口に含んでみる。
辛い。舌の先がしびれたか思えば、今度は大きなくしゃみが出た。
この味はまさか。
「シュ…いや、シー!これって、砂糖じゃなくて…ピリからペッパー入ってない!?」
「えー、うそー!」
シュピも味見をすると、私と同じような状況に陥った。
「ご、ごめんー!いれなおしてくるねー!」
急いでカップをかきあつめ、キッチンへ戻ろうとするシュピ。
突如、ふらっと体が揺れる。
―がっしゃーん。
派手に転び、落ちたコップが割れる。
「あたたー…。」
「シー!大丈夫!?」
私はシュピに駆け寄り、椅子に座らせて傷の手当てをする。
「もー、危ないよ。ゆっくりやればいいのに。傷増えたじゃない。」
「えへへー、ごめんごめんー。」
手当てが済むと、私はカップの破片を拾い集めた。
お母さんも立ち上がり、手伝ってくれる。
「…あんたも、色々大変みたいね。」
お母さんが肩越しに、ぼそっと呟いた。