シュピの容体は悪くなる一方だった。
虚ろな目、荒い息遣い。熱い体、滝のような汗。
もう、ずいぶんと言葉を発していない。
笑顔をつくる余裕すら、無いようだった。
だが、それでも食欲だけは衰えなかった。
食事を口元に運ぶと、突如目を開き勢いよく食らいつくのだ。
それはシュピの生きようとする意志の表れなのか。
それとも、別の何かがそうさせているのか。
私はシュピの介抱に徹した。
流れ出る体液を拭い、ひたすら声をかけてやる。
シュピさー、旅行から帰って来てからちょっと甘え過ぎだよ。
料理も掃除も、いつの間にか私ばーっかりやってるじゃない。
討伐任務だけでもしんどいのにさ。このままじゃ倒れちゃうよ。
いい加減、頑張ってもらわないと困るよ。
このままじゃ私、どんどん腕があがっちゃうよ。
…シュピを超えちゃうかもしれないよ。
……ひとりで何でも出来るようになるよ。
………シュピが居なくても平気になっちゃうよ。
「ねぇ、それでもいいの!?」
私は無言に耐えられなくなって、すっかり黄ばんでしまった手拭いを壁に投げつけた。
――ガタンッ パリーン
花瓶が落ちて割れた音で、はっと我に返る。
「ごめん…ごめん…。」
途端、今まで我慢していた恐怖がどっと押し寄せてきた。
「あ、あああああ……!」
私は慟哭した。
思えば、私はあの時からずっと恐怖という毒におかされていた。
その毒は決して肉体を害する事は無い。
だが精神を少しずつ蝕んでゆき、やがて憔悴しきった私自身に死を決断させるという、最高に悪質な毒だ。
――なぜ私がこんなに苦しまねばならないのか。
もういやだ。逃げ出したい。楽になりたい。
嫌な考えが次々と湧いて出てくる。
ふと、部屋に立てかけてある剣が目にとまった。
とまったかと思えば、いつの間にか抜かれた剣が私の手に握られていた。
「…どうせ、苦しむくらいなら。ね。」
1人で行かせるつもりは無い。
私もすぐに行く。
「ごめん、お母さん。私…無理だったよ。」
私は深呼吸し、剣を振り上げた。
「…ジュセー…」
蚊が泣くような、小さく儚い声を聞いた。
シュピは重い瞼をぴくぴくさせながら、必死で上げて私を見つめていた。
「シュピ!!」
私は振り上げた剣を後ろに落とし、シュピに覆いかぶさるように顔を覗き込んだ。
「……おっかけてきちゃ、だめだよー……。」
それだけ絞り出すように言うと、シュピは安心しきった表情で再び眠りについた。
まったく、なんで。
苦しいくせに。私よりもずっと苦しいくせに。
なんで、私の事なんか気にかけられるんだ。
嘘つき。根性なし。裏切り者め。
そう罵ってくれればどれだけ気が楽か。
――楽。
結局私は、自分の事しか考えてないのか。
いや、違うだろう。
ここまでたくさんの事をやってきた。
やってきた事は、私の本当の気持ちの証明だ。
私が消えれば、全てが無かった事になってしまう。
見届けなければ。
確かに、ここにあった生活を記憶に刻み込んでおくのだ。
寄り添ってやる。最後まで。