ザラターンの冒険日誌

フォーリオン、外郭。


出立の朝。

冷たく澄んだ風を全身に受けながら、
晴れ渡る眩しい空を見上げる。

そこにはもう、あの禍々しくて歪な
魔眼の月の姿は、影も形も無かった。



☆   ☆   ☆ ☆   ☆   ☆


…おれが目を覚ましたのは結局、
あのジア・クト念晶体との決戦の日から、
実に３日後の事だった。


『　そんなに寝てたかー。
　　すまん、そりゃ心配かけた。


神都に臨時で設置された病院にて目が覚めた際、
近くにいた、仲間の魔族と吟遊詩人に頭を下げると…
『別に心配してねえよ』
『でっかい　いびき！かいてたしね』と…

失笑まじりで返ってきたのだった。
あ　そう…


…魔眼の月は、
ジア・クトの王、ジア・レド・ゲノスを討った
エックスさんが、その直後…
英雄達の命脈を込めた『神剣』をその手に。

文字通り、
『ひと息に貫いて、木っ端微塵にした』らしい。


『　まてまてスケールに頭が追いつかん…！
　　ヘタな島とかよりデカかったよね、あの月！？

『　とにかく、ものスゴかった！！

『　神話だな、現代の…


☆   ☆   ☆


…おれが起きた時にはもう、
天星郷にゲンの姿は無かった。

おれ達3人の中で唯一倒れなかったエスタータも、
奴の行方は知らなかったので、多分…
戦後の混乱に紛れて姿を眩ましたのだろう。


（　伝言の一つも無しとは…
　　まあ　あいつらしい。


☆   ☆   ☆ ☆   ☆   ☆


気にはなるが、
どうやら子分達と連れ立ったようなので、
過度な心配は要らないか。


広いようで狭い、この冒険稼業の巷。

きっと、また、どこかで。
顔を合わせる事もある。

…そんな気がする。



☆   ☆   ☆


さて、少し面白かったのが…

復興に勤しむ神都周辺では、
深翠の試練場で戦った冒険者達を中心に、

『　敵将ジア・イロンを誰が討ち取ったのか　』

という話題が、ニワカに花を咲かせていた。


それについて、
おれより先に目覚めたツキモリが…

『　どっかの海賊が
　　核をくり抜いて倒して、
　　そのままどっか行った　』

と、しれっと見たままを報告したらしく…


【　ジア・クト幹部を颯爽と倒し、
　　報酬も求めず、風のように去って行った
　　謎の海賊　】


…という、都市伝説めいた【英雄】が。

皮肉にも、ゲン自身も預かり知らぬ所で、
ひっそりと誕生する事になったのだ。


『　トドメを決めたのは、
　　実質、ほぼツキモリだったろ？

『　タダでさえ、八方から
　　好奇の目に晒されててウゼェのに、
　　これ以上、目立ってられるかよ。


もっともー…謎の海賊の噂話には、
その英雄は

『麦わら帽子を被っている』だの、
『両手がフック』だの、
『船の操舵手がリザードマン』だの。

変な尾ビレが付きすぎてしまったので… 

恐らく、本人も含めて誰一人、
その正体に気づく者は居ないことだろう。


（　ま、あいつが知った所で
　　複雑な顔をするだけか。


…そしてついでに。
まったく不名誉な話だが…

その英雄様の反動を幾らか受けるカタチで…
このおれ、冒険者ザラターンはこの度。
『いのししパラディン』から、

敵将を道連れに崖からダイブした

【　爆弾岩の騎士　】に、

めでたく昇格する羽目になった。


（　まったく…我が誓いが聞いて呆れる。


…まあ、この件に関しては
結構な自業自得でもあるのだが。
天使のおっさんやエスタータにも
こってりと絞られた。


『　まったく、軽率すぎるんだ貴様は！
　　もっと後先考えて行動せい！

『　ツキモリは　やられるし！
　　ザラさんは崖から落ちるし！
　　あん時は口から
　　心臓飛び出すと思ったんだからッ！

『　わかった、悪かった！
　　おれが悪かったよ…！

『　馬鹿者！ちゃんと反省せーい！

『　…僕は　やられてねえし。

『　やられてた！
『　やられてねえ！


…そんなこんなで、復興の日々は
賑やかに過ぎて行ったのだった。


しかしー…
街ゆく人々の顔を見れば。


天星郷に住まう天使達も…

神都に集った地上の人達も…

誰しもが。その笑顔の中に、
隠し切れない寂しさを抱えているようにも見えた。


その理由は明白だ。


今回の戦の、最大の功労者でもあった、
天星郷に導かれし


『　１０人の英雄たち　』。


…全て終わってみれば…

彼らの内、
『エックスさん』と『フォステイル』を除いた
８人が…


☆   ☆   ☆ ☆   ☆   ☆


帰らぬ人と…
なってしまっていたからである。



～つづく～