( 今、誰と…話してたんだっけ…?
たった今、自分が していた事が思い出せない。
ど忘れ?ボケたか、おれの頭?
いや そんなハズは…
( 落ち着け、順を追って思い出せ…!
おれは今日、この街に着いて…
荷運びを終えた後、道に迷って、それから…
メレアーデ王女の演説が終わって
次第に閑散としてゆく人混みの中、
話していた筈の相手を探して 辺りを見回しながら
混乱する頭を必死に整理していると…
『 あー!やっぱり ここに居た!
『 ふん、どうせ迷子にでも
なってたんだろ。
ふと、聞き慣れた声が響いてきた。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
声のした方を見れば、
腕を組んで鼻を鳴らすツキモリと、
手を大きく振りながら歩いてくる
エスタータの姿があった。
『 お、おう…ツキモリ、エスタータ。
『 『おう』じゃないってのっ!
なっかなか宿に来ないからさー、
ザラさんコレ 迷子になってるんじゃネ、て
話してたんだよ!
で、前に『王女の演説見に行くー』て
言ってたから、広場に行けば合流できるかもー、 って来てみたら、案の定!
『 で、どうなんだ?
迷子だったんだろ、やっぱ。
ゼクレスの樹海じゃねんだぞ情けねえ。
仲間達の鋭い推理に図星を刺され、
ちくちくりと胸が痛む。
おれは苦笑いで頭を掻いた。
『 いやあ、すまん。
迷子…だったのは
まあ、その通り、なんだが…その…
なんか…何かが、おかしいんだ…
『 あん?何を言って…
『 あれ?ザラさん
手に持ってんの何、それ!
今のおれの状況を
どう説明して良いか考えあぐね、
口ごもっている間に、
吟遊詩人が、おれの手の中にあった
砂時計の存在を、目ざとく見つけ出したようだ。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 わ!砂時計じゃん!
広場にあった でっかーいやつ!
あれのミニチュア版だよね!?
どこで買ったのコレ!
『 コレは…貰ったんだ…
(いつ?誰に??)
いや、貰った…?
(ん…だ…っけ?)
砂時計を見つめた瞬間。
記憶の混乱は、ますます白濁を極め…
おれは凄まじい不快感に襲われた。
それは、例えるなら…
心と頭にポッカリと空いた穴に、
急に得体の知れない『何か』が
凄い勢いで流れ込んで来て…
その穴を瞬く間に埋め尽くしてゆくような。
そんな感覚。
( や、やべえ…!
この感覚に身を任せたら…!
おれは…何か…!
大事なものを…
失ってしまう、気がする…!
…不快感に耐えかね、
吐き気を催して、思わず口を押さえる。
だが…
その不快感は、ものの数秒も続かなかった。
☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆
『 えっ、ザラ…さん…?
おれの様子が おかしいと察して、
心配そうに覗き込む仲間達に、
おれは、ケロっとした顔で向き直った。
『 ああ悪い。
なんか、急に気分が悪くなって…
でも すぐ治った。大丈夫だ。
実際、あの不快感は嘘のように消えていた。
一体何だったのだろう。
『 おいおい、しっかりしろよ。
『 旅の疲れが出たのかな?
『 いや大丈夫だって。
で、何だっけ?ああ、コレか。
…手に持った砂時計を、何気なく見る。
『 こいつはな、貰ったんだよ。
式典開催の記念品だ、って。
なんか…スタッフっぽい人から。
『 えー!いいな!
まだ貰えるかな!?
『 どうかな。
数量限定で配布って言ってたからなあ。
あの人混みだ。
もう残って無いんじゃないか?
『 きいー!あたしは諦めない!
いてくるッ!
『 おいやめろ馬鹿!
迷子が増える!
『 ぐえっ!?
慌てて駆け出そうとするエスタータのスカーフを、
ツキモリが手綱のごとく引っ張る。
そんな いつもの光景に目を細めながら、
おれはもう一度、砂時計を眺めた。
只の記念品だし、別に吟遊詩人に
あげてしまって構わない、と
思ったからだが…
でも流れ落ちる砂を見つめていると。
理由は分からないが、なんとなーく。
自分で持っていた方が良いのかも、と、
思い直したのだった。
☆ ☆ ☆
かくして。
【 エテーネ王国お披露目式典 】は
閉会の運びとなった。
だが、実はこの日。この街から…
幾つかの人や物が、ひっそりと。
人知れず【消えていた】。
この街に降り掛かった この静かな厄災が、
【 創失の呪い 】と呼ばれる代物だった事を
おれが知るのは、もう少し先の事になる。
~砂の記憶、了~