赤々とした水をたたえる、魔界の地下水脈。
その水面から、勢い良く水しぶきを上げながら、
水よりも赤い『手』が飛び出してくる。
必死なその手が、難儀しながらようやく
岸を捕らえたと思うと、続けてオーガ族の巨体が、
這々の体で、ずるずると這い上がってきた。
『 …ぶはぁっ!し、死ぬ…っ
ごほっ!ゲホッ!こ、今度こそ…ぐふゥ!
死ぬかと思った……!
…自慢じゃあ無いが、
その無様なオーガは勿論、おれである。
『 もー、たかだか何回かの潜水くらいで…
なっさけないなぁ…
おれよりも、随分と早く岸に上がっていたらしき
エスタータから差し伸べられた手を借りて、
どうにかおれも、念願の陸にありつくことができた。
『 んん…!ザラさん重った~!
こりゃ、浮いてこないワケだわ…
『 ぜぇ…ぜぇ…す、すまんな…
『 大丈夫?
『 クーか。お、おう…
自由に息ができるって素晴らしい…な…!
エスタータ呆れ声に続いて、
心配そうにこちらを覗き込んできたクーに、
痩せ我慢の笑顔を返す。
その様子を、腕を組んで遠巻きに見ていた
ツキモリが、おれにとっては
またと無い朗報をのたまうのだった。
『 おい喜べ、鬼。
潜水は今ので最後だ。
『 マジか!
うっへぇ~、助かった…!
『 帰りの事は知らねェがな。
『 それは言うな。
…そこからツキモリに導かれ、
水脈洞を、更に少し進んだ先。おれ達は、
ちょっとした広さと天井の高さを併せ持った、
ドーム状の空間に辿りつく。
『 ここまで来りゃゼクレスの下水道まで
目と鼻の先だ。
この場所で一旦、態勢を整えるとするか。
『 確かに…休憩には
おあつらえ向きな場所だな。
『 へくちっ!
火ィ起こそう!火っ!
風邪ひいちゃう。
☆ ☆ ☆
かくして、焚き火を囲む冒険者たち。
そら寒い地下水脈の空洞に、
ぱち…ぱち…と音を立てて、ゆらゆらと炎が揺れる。この状況で火を起こすのは いささか難儀したが、
ツキモリの火炎呪文を駆使することで事なきを得た。
潜水後の疲れた身体に染みる、
火のもたらす灯りと暖かさ、
乾いてきた装備品の肌触り…
それに、暇を持て余した吟遊詩人が奏でる
竪琴の旋律も相まって、ついつい、
心地良い まどろみに誘われそうになってくる。
『 …おい、まだ寝るな…
ふと聞こえくるツキモリの声も、
なんだか随分、遠くから響いてくるようで…
夢か、うつつか…分からなく…
『 おい鬼ッ!!
『 はッ!?
悪い、寝てたか、おれ!
『 まあな。疲れてんだろうけどよ。
今の内に、作戦だけ確認しとくぞ。
…例の物、無くしてねェだろうな?
『 おう、コイツだな。
寝起きの悪さは、冒険者にとっては
時として命取りになりかねない。
急に現実に引き戻された おれだったが、
目覚めるなり、迅速に道具袋から、
銀色に輝く小型の棒を取り出した。
『 なにそれ…杖?
『 何に使うんだろう?
『 ふふん、ファラザードを発つ時に、
黄昏呪術店のネシャロットに
借りてきたのさ。
☆ ☆

☆ ☆ ☆
“ ニヒヒ…!
お代は…そうだなぁ、
活きの良さそうな、キミの尻尾で!“
“ ちょっ…か、勘弁してくれ…!“
“ あっははー、ジョーダーンっ!
話はユシュカから聞いてるよ!
って事で、船乗りのホネ100本に
負けとくねー!“
“ あんたの場合、どこまでが
本気なのか良く分かんないんだよ…“
☆ ☆ ☆
『 おれ あの人、苦手…
『 それはど~でもいーからさ、
杖は何に使う物なの?
『 おっとそうだった。
おれも使うのは初めてだが…
まあ見てな…!そいっ!
気合いの声と共に、おれは手にした
短杖を一振りした。
すると…
☆ ☆ ☆

☆ ☆ ☆
『 わあっ!?
ザラが…犬にッ!?
『 か、かわい…
『 わふん。
『 かわいくは…ない…かな…
…元がザラさんだと思うと。
『 ……わ、わふん。
☆ ☆ ☆

☆ ☆ ☆
『 犬だけにしかなれねェが、
いわゆる
【へんげの杖】ってヤツだ。
僕はいいが、魔族じゃ無いお前らは
ゼクレスでは目立ちすぎるからな。
喋れねェのが難点だが…
まあ、お前らには元々、
大して期待してねェ。
聞き込みは僕がやるから、
お前らは犬になって、
手分けして聞き耳でも立ててろ。
何もしないよりはマシだろ。
『 わふん!
『 …なんかハラたつな、犬…!
~つづく~