(前編からのつづき)
サッカバスの幻術を見破り、58階に登ったウィルカは、ついに、ドルアーガがもっとも恐れている女神イシターの聖なる杖「ブルークリスタルロッド」を、壁の中に隠されていた宝箱から手に入れました。
銀の柄の先に据えられたその宝玉は、イシター神殿の壁画に張られているブルーマラカイトよりも深く、ラジャフの渓流の水よりも澄んだ青色をしていました。
ウィルカが愛用していたレプリカのロッドは、本物のブルークリスタルロッドになったのです。
しかし、神と同じ力をウィルカが手にしたことは、先に登っているはずのカイとギル、そして、兄のチャスカが、それを手に入れていないことを意味していました。
女神イシターの加護を得た魔女のウィルカは、59階へと続く扉を開きました。
そこにドルアーガの姿はなく、代わりに現われたのは、黄金色に輝く鎧を全身に纏った、凛々しいゴールデンナイトの幻影でした。
その黄金の騎士が手にしている大きな両刃の剣は、ウィルカの持つブルークリスタルロッドと同じ、蒼い炎のような輝きを放っていました。
…正しき心を持つイシターの乙女よ。
黄金の騎士が言いました。
…塔の頂上に登り、ブルークリスタルロッドを掲げよ。女神イシターの力を持つそなたなら、わが愛する巫女にかけられた呪いを解くこともできるだろう。
…だが。
突然、黄金の騎士の姿が消え、オレンジ色のローブを着た老人が煙の中から現われました。
スーマール帝国最強の魔術師、ウィザードでした。
ウィザードは、バビロニアの古い言葉を唱えると、粗末な樫の木の杖を振るってウィルカに呪文を放ちました。
緑色の稲妻のようなその光を浴びれば、どんな人間でも生きながらにして肉塊にされてしまう、恐ろしい古代呪文デススペルでした。
塔の低層階で見かけた、ミミズのように蠢く醜い肉塊のスライムは、そのデススペルで魔物に変えられた、かつての冒険者たちの成れの果てなのでした。
けれど、そのウィザードでさえも、もはやブルークリスタルロッドの力を宿した魔女ウィルカの相手ではありませんでした。
緑色の稲妻が届くよりも早く、ウィルカが唱えたライトニングボルトの光の矢が、ウィザードの胸に突き刺さりました。
フードが焼け落ち、あらわになったウィザードの顔を覗き見たウィルカは、その場で腰が砕けてしまいました。
深い皺と白い髭を蓄えたそのウィザードは、兄のチャスカだったのです。
「強い魔女になったな。ウィルカ」
精気を抜かれて老人となったチャスカは、安らかな笑みを浮かべて、そのまま眠りにつきました。
その瞼が開くことは、もう永遠にありませんでした。
サッカバスと交わって魔物に変えられた者の呪いを解く唯一の方法。それは、愛する人間の手によって殺されることでした。
こんなことって…こんなことって!
血の繋がらない兄だったチャスカの亡骸を抱きしめたウィルカは、「ビッグバン」の呪文を唱えて、塔もろともに自分も消えてしまおうと考えました。
YOU ZAP TO...
その瞬間、ウィルカの意識が遠のいてゆきました。
気がつくと、ウィルカは、あの時と同じように、また塔の前に立っていました。
ただ、違っていたのは、そこに見えている塔は「ドルアーガの塔」ではなく、「不思議の魔塔」という名前だということ。
ここが「バビリム王国」ではなく、アストルティアという世界の「アラハギーロ王国」だということを、砂漠の真ん中で放心して立ちつくしたままのウィルカを助けてくれた女性が教えてくれました。
ウィルカと瓜二つの顔をしたその女性は、「キリャ」という名前の僧侶でした。
キリャは、どこから来たかもわからない、身よりもないウィルカを、自分の故郷であるメルサンディ村に連れて帰りました。
ウィルカは、初めて会ったキリャが、まるで昔から自分と同じ家で育ってきた妹のようにも思えました。
心を閉ざしていたウィルカも、献身的な彼女の優しさと、分け隔てない村の人たちの温かさに触れて暮らしているうちに、しだいに元の自分を取り戻してゆきました。
そしてある日。ウィルカが経験した話を聞いたキリャが言いました。
「私は、あなたのことも、あなたのお兄さんだというチャスカのことも知らない。でも、一つだけ言えることは、たとえ、それがあなたの前世だったとしても、今のあなたはここに生きている。今ここにいるあなたが、ウィルカなのよ。もしかしたら、あなたと私は、二つの命に別れて生まれてきた『ツインソウル』なのかもしれないわね」
二人は、微笑みあいました。
そうしてウィルカとキリャは、本当の姉妹になりました。
金色の麦の穂を揺らすメルサンディの風が、二人の黒髪を優しく撫でて吹き抜けてゆきました。
(おしまい)
ウィルカとキリャの、新しいお話のはじまりです。