むかし、むかし。
私たちが生きている世界とは別の時間、別の次元の大陸に、グランセドーラ王国という小さな国がありました。
その王国の南にある深い森の中の古びた屋敷に、一人の若い娘と、一匹の年老いた黒猫が住んでいました。
娘の名は、ウィルカといいました。
屋敷の主の一人娘として生まれたウィルカは、「魔女グランマーズ」と呼ばれた偉大な魔法使いの血を引く「グランマーズ家」の最後のひとりでした。
ウィルカが生まれる昔むかしの、そのまたずっと遠い昔。
グランセドーラ王国には、多くの「魔法使い」たちが暮らしていました。
魔法使いたちが唱える魔法の呪文には、光の魔法、氷の魔法、炎の魔法の三つがあり、それぞれの魔法を得意としたたくさんの流派が存在していました。
その中でも、炎の魔法を操るグランマーズ家は、「黒の魔法のグランマーズ」と王国の人々に謳われ、魔法の名家として王国内に一大勢力を築いていました。
しかし。
突如として現れた恐ろしい「悪夢」によって、グランマーズ家の始祖魔女グランマーズとともに、多くの魔法使いたちが悪夢の世界に呑み込まれてしまいました。
やがて、長い月日のうちに悪夢の記憶は消え去り、「魔法」もまた、いつしか人々の記憶の中から忘れ去られてしまいました。
そうして、グランセドーラにたくさんいた魔法使いたちも、今では数えるほどにまで減ってしまい、「呪文」を唱えることができる人間は、ほんの一握りの「魔女」たちだけになっていたのです。
得意のさいほうで仕立てた真っ黒な魔女服に身を包み、グランマーズ家に代々伝わる魔法の樫の木の杖を持ったウィルカも、その数少ない「魔女」の一人でした。
「金星の女神」にちなんでウィルカと名付けられた娘の胸には、生まれながらにして「悪夢の刻印」が刻まれていました。
それは、「魔王の花嫁」となることを運命づけられた悪夢の徴(しるし)でした。
ウィルカが物心をついたころには両親も亡くなり、立派な屋敷も廃墟のように朽ち果てて、ウィルカと黒猫以外には、屋敷に住まう人間も、訪れる生き物さえもいませんでした。
魔女のウィルカは、悪夢の呪いのために、普通の人間の男との間に子供を残せない身体になっていました。
――このままでは、本当に世界から「魔法」が消えてしまう。
危機を悟ったウィルカは、自分が魔王の花嫁となってしまう前に、自身の命の記憶を、別の命の記憶の中に封じ込めることにしました。
そう。
自分が可愛がっている、たったひとりの家族だった黒猫の中に。
もし、私がこの世界から消えてしまっても。
おまえは、私のことをずっと忘れないでいてね。
そうすれば、私はお前の命の中で、ずっと生きられるから。
ね、ウィルにゃん……。
そして、ウィルカは消えました。
もし、貴方がどこかで「黒猫」を見かけたら。
それは、「ウィルカ」なのかもしれません。
永遠に繋がる命の鎖の中で生きている、「魔女」の黒猫が今もどこかに。
(おわり)
このお話は、ドラゴンクエストの世界観、キャラクターをもとに、私ウィルカが創作したものです。実際のストーリー、その他とは関係ありません^^;