シルバーウィークも休みなく働いて、ようやくの二連休。
午前四時に目を覚ました私は、準備を整えて、愛車のバイクの待っている駐輪場に向かいました。
今日はなんとなく、西のほうに行きたい気分。
とくに目的地もなく、朝起きたその日の気分で、当てもなく旅に出かけます。
東の空低くには、二十六夜を過ぎた下弦の三日月が昇っていました。
夜も明けないうちに自宅を出発して、小一時間ほどバイクを走らせると、月に遅れて昇ってきた太陽の光が、薄紫に白んだ背後の空をオレンジ色に染めてゆくのが見えました。
私の愛車は、神社巡礼スペシャル「博麗霊夢」号。
イタリア生まれの真っ赤なスクーターですが、イメージ的に「巫女さん」のような感じがして、博麗神社の巫女「霊夢」から名前をつけました。

そんな私は、「神社」が大好き。
走っている途中で「鳥居」を見つけると、霊夢を止めて神さまにご挨拶。
そうやって年がら年中、神社に訪れている私なので、お正月だからといって、とくに初詣にも出かけたりはしません。
あんな人だらけのところに、わざわざ行きたくもないしね。
大きな神社も好きだけど、私が好んで訪れるのは、地元の人もほとんど来ないような、里山のはずれにひっそりと鎮座している小さな神社。
「こんなところに神社があったんだ」
霊夢といっしょにのんびり田舎道を走っていた私は、思いがけなく見つけた神社に立ち寄りました。
「八幡宮」
神社でよく見かける明神鳥居の扁額(へんがく)には、色褪せた文字で社名が記されていました。
八幡神社は、「八幡神」とされる応神天皇を主にお祀りしている神社で、「お稲荷さん」=宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)をお祀りしている稲荷神社と並んで、日本で一番多い神社です。
だからたいてい、「八幡神社」に出会うことが多いのです。
入母屋造(いりもやづくり)の拝殿のうしろにある古びた本殿は、神社でよく見かける「一間社流造(いちげんしゃながれづくり)」。
いつのまにか私は、本殿の建築様式とか、祀られている神さまの名前もほとんどわかるようになっていました。

「『天狗山』登山口」
ふと、本殿の傍にある立札に目が留まりました。
天狗、いるかな……
気がつけば私は、誘われるようにして神社の裏山に続く道に入っていました。
どうせすぐに登れるだろう。
たかが「裏山」だと甘くみていた私の考えは、途中にある険しい岩肌や薮に埋もれた山道や蜘蛛の巣に脆くも打ち砕かれました。
「おまえ、美しいね」
ちょうどいい塩梅(あんばい)の顔の高さに、芸術的で見事な蜘蛛の巣を張っているジョロウグモさん。
えいっ!
右手で手刀を切って、「結界」を破りました。
ごめんねー。

そうやって、いったいどれだけの結界を破ったのでしょう。
登りはじめてから一時間後。
私はついに、「天狗山山頂」にたどり着きました。
標高三九二メートル。
それほど高くもない山ですが、「神社の裏山」と舐め切っていた私は、汗だくになって山頂の大岩にへたり込ました。
神無月の秋晴れの空の下。
「日本のエーゲ」と称される水色の瀬戸内海が、はるか水平線の彼方まで広がっています。
すぐ近くには小豆島。
その向こうには、遠く四国の山々がうっすらと見えていました……というか、今でも見えてます
山頂には、ただ独り。
私の顔のすぐ近くをアゲハの羽がかすめ、岩肌と一体となった私の脚に、小さなハチが止まります。
虫の羽音。
風の声。
太陽の光。
今はぜーんぶ、「私だけ」のもの。
私にも 羽があったらいいのに
「天狗」もそこに、いるような気がしました。

……というわけで、今から下山します(笑)
はあ、あの道のりをまた歩くのか_| ̄|○